「…………ねぇ、し…………」

 その時、俺は初めて「血の気が引く」って言葉を身をもって理解した。




 ラビが、「それ」を寄越したのは一月前。
 任務で行ったトルコの露天商で買ったのだと言っていた。
 金に、赤い石の付いた指輪。幅広で、男物か女物かぱっと見じゃ分からない。
 …………女じゃあるまいし、指輪なんて、と思った。
 だけど、あいつが本当に真剣な顔をして寄越したから、仕方なく着けてた。俺は六幻を振るうから指につける訳には行かないから(傷が付くだろう、普通)恥を忍んでリナリーに頼み、首飾り用の細い鎖を貰い、それに通して首に掛けて。

 で、その結果がこれだ。

 一ヶ月。ほぼ毎日、それこそ肌身離さずで着けてた。胸に触れる硬質な感触にも馴染んでた。
 だからきっとこんな事になったんだ。

 …………よりにもよって、任務中でもない教団での待機中に失くすとは!!

 戦闘中に、ならまだともかく(勿論それにしたってあるまじき事だが)、こんな極普通の時に失くしたなど、ラビに対して面目が立たないにもほどがある。というか、有り得ない。
 言うまでも無く全て探した。自室も風呂も医務室もコムイの所も食堂も談話室も鍛錬に使う森も住人不在のラビ達の部屋も全て探した。
 …………だがしかし、見つからない。

 あと有り得るとすれば、発見者が持って行ったか、或いは気付かれずに処分された…………かだ。
 …………どの道最悪には代わりない。
 
 しかも間の悪い事に、今日任務に出ていたラビが此処本部に帰還すると言う。
 もうこうなったら大人しく白状するしかない。

 ――――――詫びを入れることが嫌なんじゃない。…………ラビが嫌な思いをするのが、嫌なんだ。
 いつもの軽い土産、とは違ったそれをよりによって紛失したなんて、…………あいつを傷つけそうで。

 俺は溜息をついて、自室の床に直接座り込んだ。
 タイムリミットはラビが帰ってくるまで。
 リミットを待たずして心当たりを全て探し終えてしまった。
 
 …………もう、どうしようもない。
 
 一月硬質な存在が居た辺りを指先で触れながら、俺は再度溜息をついた。






 飯を食いに行く気にもならず、俺はぼんやりとベッドに寝転んでいた。
 何時か時計は見てないが、窓の外が真っ暗なのでもう夜なんだろう。
 とにかく何もしたくなくて、溜息をつきながら寝返りを打った瞬間――――――


 コンコンッ


 ――――――俺は、ばっ、と飛び起きた。
 俺の部屋に尋ねてくる奴なんて早々居ない。
 と、すれば…………

「…………」

 俺は立ち上がりドアの前まで歩み寄り、その場で軽く深呼吸をしてドアノブを掴んだ。これでモヤシあたりだった日には、殴ってやる。
 覚悟を決めて、それを回し、引いた。

 そしてその場に立っていた予想通りの相手に、思わず息が止まった。





「ただいま、ユウ!」

 いつも通り笑うラビ。

「…………、」

 そんな奴に対して、罪悪感以外の何かを抱くのが難しい。
 
「…………ああ、」
「?」

 ドアを開けてラビを部屋に招きいれた。ラビが不思議そうな顔で俺を見やる。勝手知ったるとばかりに入ってきて、ラビはベッドに腰掛けた。自分の座る横をぽんぽんと手で叩いて、俺に其処に座れと言いたいらしい。―――――――俺のベッドだがな。

「…………どしたの? 元気無いけど…………具合悪い?」
「…………、悪ぃ、」
「? どうしたんさ?」

 座りながら小さく詫びた。
 訝しげな顔で見つめてくる、その視線に負けて、  

「…………お前に、貰った奴、」
「?」
「…………指輪。…………失くしちまった」
「…………、」
「ずっと着けてて、でも気付いたら無くなってて、探したんだけど何処にも無かった…………」

 顔が上げられなかった。申し訳無くて、失望させたんじゃないかと気が気じゃなくて。
 こんな事なら着けるんじゃなくて、この部屋において置けばよかった。あの花の近くに置いておけば、今でもきっとそこにあったのだろうに。

「…………ユーウ、」
「…………」

 たっぷり間を取ってからのラビの声は、思っていたより普通だった。でもあいつは感情を隠す事に長けているから、俺にはよく分からない。

「…………そんな哀しそうな顔しないで、ユウ」
「…………」
「そんな顔させる為に贈ったんじゃないんさ、アレ」
「…………」
「ね? 顔上げて?」

 …………ラビにそう言われれば従わざるを得ない。
 恐る恐る顔を上げると、―――――――ラビは、小さく笑みながら俺を見ていた。

「…………ずっと、着けててくれたんさ?」
「…………」

 肯定の為に小さく頷く。
 でも、こんな事になるなら着けなきゃよかった…………。

「ありがと、…………正直俺、ユウが着けてるの見た事無かったから、気に入らなかったんじゃないかって思ってたんさ」
「…………」

 その言葉には首を横に振る。

「ありがとね、ユウ」
「…………でも、どっかやっちまった…………」

 礼を言われる筋合いなんて無い。こっちが謝らなきゃならねぇのに。

「…………どっかやっちまう位なら、此処に置いとけば良かった…………」
「そんな事無いさ、指輪は飾りモンじゃないんだし…………それにね、」

 ラビが俺の手を取った。

「ずっと肌身離さずにしてくれてて、一生懸命探してくれた、そのユウの気持ちだけで俺、嬉しいさ」
「…………、ラビ、」

 余りにも優しい声と目でそんな事を言われたから、俺は思わずラビの名を呼んだ。
 顔が近付いてきて、俺は反射的に目を閉じる。
 
 重ねあわされた乾いた感触。
 数秒の間のあと、俺達は二人してシーツの上に共に倒れこんだ。







「あら? 遅かったのね。私達は今帰ってきた所なんだけど」
「あ、そうなんさ?」

 …………色々終って(何がとか聞くな! 聞いたら斬る!!)俺達は夕飯もまだって事で食堂に向かった。
 ら、そこにいたのはリナリーとモヤシ。…………そういや近くへの日帰りくらいの任務だっつってたな。

 相変わらず山のような量の料理を並べてガツガツ食い漁るモヤシに俺は渋い顔をして、視線を奴の料理からリナリーとラビにへと移動させた。

「あ、そう言えば神田」

 ふと、思い出したようにモヤシが言った。ナイフとフォークを握る手を休めて俺を見上げる。

「…………何だ」
「これ、貴方のなんでしょう?」

 そういって奴はポケットからハンカチを取り出した。
 何かを包んでいたらしく、それを開くとそこにあったのは、

「―――――――!」 

 鎖の付いた、金の指輪だった。

「あれ? それって…………ユウ、」
「お前っ…………コレ何処でっ…………」
「昨日の夜お風呂場の脱衣室で見つけましたけど。誰のか分からなかったから届け出ようと思ったんですが任務入っちゃったんで。…………リナリーに聞きましたよ?」
「っ!!」

 ニヤニヤ笑うモヤシの手の上から、それを奪い取った。からかう調子の奴は睨みつけておいて、だけど手の中に戻ってきたそれに心底ほっとした。両手で包んで溜息をつく。
 
「…………良かった、」

 …………小さな小さな声で言ったつもりが、

「ユウッ…………可愛すぎ、後で第二ラウンドね!」
「!? な、何の話だ!?」
「あらまぁお盛んね」
「独り身の前で嫌味ですかいい度胸ですねぇ」


 その籠めた想いに答えて、
 ―――――――make a treasure.


 <終>



 あとがき
 make a treasure.
 宝物を作る。又は、恋人を作る。という意味です。
 何時リクエストいただいたかももうアレですが由梨様へ。
 ラビュで甘め…………ですがリクエスト完了できてるのかしらコレ;
 大変お待たせいたしましたが、どうぞお納め下さい!
 ありがとうございました!


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