とある小さな村の小さな教会。
長らく祭祀を行える聖職者がいなかったこの教会に、中央から一人の歳若い神父が赴任してきたのは三月前。
若すぎる、とすら思える彼はしかし落ち着いた物腰と上手い説法で村人達の信頼を勝ち得、そして今に至る。
「それでは皆さん、気をつけて帰ってくださいね」
「はーい、神父様ー」
「神父様おやすみなさーい!」
「はい、おやすみなさい」
あぁ、疲れた。
最後の一人が見えなくなるまでにこやかに手を振り、見えなくなるとその手を落とす。そのまま頬へ持って行き思わずソコを撫でさすった。
貼りつけたような笑みを浮かべていたせいで筋肉がこわばってる。
善良な村人達は説法を有りがたく聞いてくれるし僕にも聖職者だと敬って接してくれる。中央の、聖職者のスキャンダルが一つの娯楽になっているような環境とはだいぶ違う。
師匠に命じられて此処に赴任して三月。
日々は平穏無事に過ぎていく。平穏すぎて、少し退屈さすら感じるほどに。
「…………」
いけない遊びに手を出すには此処には何も無さすぎる。その為だけに中央に戻るのも考えものだ。僕ら師弟は中央のお偉いさんにいい顔はされていない。
「はぁ…………もう少し、こう…………何かあればいいんですけどねー」
師匠も師匠だ、なんだかんだ言って自分は花街のある中央から離れようとしない。
いいなぁ、と聖職者には相応しくないだろう恨み言を呟いてから、教会の中に戻った。
そんな教会を見つめる目が一つ。
「…………あいつが、ガキの神父…………」
自分の声が妙に大きく聞こえて慌てて口を噤む。
暗闇に乗じて教会に近づいた。
勿論家に帰るだろう村人達を襲うことも考えた。だが仲間達に切った啖呵に反してしまう。
『聖職者でも何でも食ってやるっつってんだよ!!』
…………いまだ一人で「狩り」をした事すらないのに、吐いた言葉は随分と威勢が良かった。今更自分でうんざりする。
だが、約したことに反するのはもっと嫌だ。
変わっていると、いつも言われていた。
地獄の底に暮らす者、魔王の配下の悪魔族の一つ。人の精を吸って生きる悪魔、淫魔<インキュバス>それが俺の種族名だ。
が、しかし。
物心付いてから俺は一度足りとも狩りを成功させた試しがない。
理由は解っている。
物心つくかつかないか位の頃から他族の大人に狙われていた。理由は知らない。
淫魔とは言え子供は子供。俺の今の腕よりも尚太い異形の腕に組み敷かれた恐怖感は今でも忘れ得ない。
幸か不幸か常に邪魔立てする奴がいたからこそ陵辱されることは無かったが恐怖感は根深く今でもまだ消えない。そして獲物を前にする度思い出す。今から俺がしようとしていることは、嘗て俺自身が受けかけた行為そのものだと。
その度情けなく足は竦みそれ以上のことは出来なかった。
ずっと餌の精は、仲間から分け与えられていた。
だが連中もとっくの昔にデカい図体になっている俺に何時までも餌をくれてやるのも面倒だったんだろう。
些細な事から口論に繋がった。
仲間の一人、ティキは止めておけと何度も止めに来たし、他の仲間達も一晩たったら何故か止めに来た。だがそれに頷いてしまうようでは負けだ。半ば意地になって来た。
歳若い聖職者の話を聞き、それならば狩り易いだろうと思ったはいいが近寄ってみると想像以上に若い。
微かな躊躇いの念に首を振り、恐る恐る教会の門扉に近寄った。