ドアに付けてある呼び鈴を鳴らす。真鍮の音が闇夜の中小さく響いた。
暫くの沈黙の後。
「はい? どちら様…………おや?」
顔を出したのは先程遠目に見た神父。黒いスータンではなく就寝用のガウンのようなものを羽織っている。…………やはり若い。聖職者なんてヨボヨボのジジィしかいないと思ってたのに。
「村人の方…………ではありませんね。どうぞ奥へ」
夜更けの訪問にも関わらず笑顔で俺を招き入れる。
…………大丈夫かこいつ?
悪魔は招かれないと家の中には入れない。こいつだって村人にそう説法している筈だ。
なのにこうも無用心な…………
「…………失礼、する」
重いドアがギィ、と音を立てて背後で閉まる。
勝手に鍵が掛かり、外側には結界と封印を示す文様が浮かび上がっている事には、その時の俺は気づいていなかった。
「さ、どうぞ」
「…………」
神父は笑顔で茶の支度をして俺の前にティーカップを押しやる。
紅い液体は奇妙な物に思えてとてもじゃないが手を伸ばす気にはならない。目の前の神父は自分の分に手を伸ばして飲んでいる。
「こんな夜更けに、どのようなご用件で? 告解ですか?」
「…………いや、」
悪魔に赦しの秘跡など、笑い話にしかならない。
しかし呑気なものだ。顔見知りであったとしても夜中の訪問など受けないのが普通の筈なのに。曰く、夜更けに訪問してくるのは知人に化けた悪魔だと人は言う。俺達の手の内も大概見破られているものだ、と感心したのは割と最近の事だ。その説教をする側だろう神父が随分と…………
「では何かご相談でしょうか」
相談。
…………しても無意味だろうな。了解を取ってから…………と思わなくも無かったが誰が悪魔に精を吸われる事を許可するんだ。俺が人間だったら聖水ぶっ掛けて追い払う。
首をゆるゆる振った。こんなの茶番だ、早い所こいつを襲って…………
襲って…………。
「…………」
そこまで考えて、はた、と気づいた。
襲うって、飛びかかってその辺に押し倒して脱がして、それから?
裸に剥いた位じゃ精は吸えない。同族から分け与えてもらってたときは唇同士を重ねたが、あれは向こう側からも送るつもりがあるからこそだ。無理矢理奪い取るには効率が悪い。
…………?
クソ、ティキにちゃんとやり方聞いてくれば良かった。此処まで出向いたのに意味ねぇじゃねぇか…………。
出された物を飲んだら、帰ろう。
それで…………
口を付けたそれは苦く――――――それから、熱い。身の内を焼くほどに。
ガシャンっ、と派手な音を立ててテーブルの上にティーカップが転がる。血の味が口の中に広がる。何だこれは!!
「…………く、ぁっ…………」
「…………ま、ですよねー。こーんな夜中にふらついてるようなのが、人間な訳ないですよねぇ…………」
神父の呆れたような声が頭上から降り注いでくる。だけどこっちはそれ所じゃない! 喉から腹から焼き尽くされるような熱さと痛みに呻き声しかでない。
「ミサ直後に悪魔が出るとか。師匠に知られたら何を言われるか…………村人を襲う前で良かったと思うべきでしょうけど」
「…………っ、!! ぐ、ぅ、」
「あー、無理に声出そうとしないほうがいいですよ。聖水で淹れた紅茶なんですから、君ら悪魔には劇薬に等しい」
僕らのような人間には無害ですけどね、と呑気にすら聞こえる神父の声。
「それにしても淫魔かぁ。丁度いいタイミング…………」
そんな言葉を最後に聞いて、そこで俺の意識は途切れた。
バレバレである。
しかしあれ、これこんなにアレン鬼畜っぽくなる予定だっけな…………