※性的な表現があります。R18です※



 はっ、と正気に戻ったのはそれから暫くしてからだった。そんなに時間は立っていないだろう、ペットボトルの中身はまだ十分に冷たい。微かに汗をかいたペットボトルの残り半分を飲み干して、空になったボトルをゴミ箱に放り込んだ。中の様子は想像がついているがそれでもこの炎天下、これ以上この場で待つだけよりは遥かにマシだ。ティキは立ち上がって、先程美人が消えた入り口に自分も入る。煙草と埃の入り混じった匂いに眉根を寄せてエレベーターホールでボタンを押した。エレベーターの5階のランプが消えてゆっくりと降りて来る。…………5階?
 先程の美人以外には、誰もこの雑居ビルに入っていない。筈だ。そもそもティキの会社が入っているような如何わしいビルだから、他の階に入っている会社も似たり寄ったりで、ペーパーカンパニーの本社だったりするので人自体がまばらだ。ティキの会社が一番まともに人がいる。
 だがしかし、果たしてあの人間が何の用でティキの会社に来た?

「…………」

 若干の嫌な予感に口元を引き結んだティキは、降りてくるエレベーターの2階を示すランプを睨みつけた。




 ティキの会社は2重ドアならぬ3重ドアだ。それは防犯の為ではない。防犯の為なら、3つのドアの鍵が全て共通何てことは有り得ない。じゃあ何の為かといえばそれは逃走防止と音漏れ防止の為だった。それは確かに必要で、ティキが2つ目のドアを開いて3つ目のドアの前に立った時には既に中の音が漏れ聞こえてきていた。
 うわぁやっぱり、とその先で繰り広げているであろう、真昼間から見るにはやや重い光景を予想して早くも胃もたれを感じながら最後の1つのドアを開いた。――――――途端にクリアに聞こえ出す音声。一番近くに居た、大きな照明を持った男が声を掛けてくる。

「お早うございます、ティキさん」
「はよ。…………お疲れー」

 何人かの男達が照明やらカメラやらを持って右往左往している。右端には出番待ちの男が一人。スペースの真ん中に置かれた無駄に広いベッドの上では、髪を後ろから掴まれてバックで犯されてる最中の女が1人。わざとらしい程に派手な音を立てながら女を犯しているのは男2人だ。
 今日はランコーモノね、と小さく呟いたティキは撮影の邪魔にならぬように隅を通って人の少ない方に向かう。
 ティキの会社はアダルトビデオのメーカーなので、これは何時もの光景だった。
 それにしてもフィニッシュが近いのか男優も女優も矢鱈と五月蝿い。彼らはプロなので視聴者の性欲を煽る為にああやって大袈裟にしているが、これが普通だと思い込んだ視聴者がいたらさぞやパートナーに嫌がられることだろうよとティキはぼんやり考えた。
 劈くような女優の声、と暫くの時間を置いてからカットの声がかかる。女優にタオルを掛けたりフィニッシュ時にぶっかけられた顔を拭ったりと甲斐甲斐しく周囲が世話を焼くのを見ていると、踵を返してこっちに来た監督に声を掛けられた。

「ティキ、お疲れ」
「うーっす」
「今日は早くで悪かったな」
「ははは…………」

 本当にな、と声に出さずとも分かったらしく、監督は苦笑いでティキに立つよう促した。撮影用の部屋とは別の小部屋に向かう。

「で、打ち合わせって何すか?」
「面接だ」

 ティキは、あー、ともうー、ともつかない声を上げる。これはほぼ間違いなく予想通りだろう。
 十中八九面接者は、5階に向かったあの美人だろう。
 本来なら男優が作品の企画段階で出演者の面接を行う、なんて事は殆ど無い。この手の業界は女優に比べると男優は立場でも報酬面でも低い(先日など、内容が余程気に喰わなかったのか終わったと同時に男優に土下座させる女優が居たほどだ、幸いその男優はティキではないのだが)のだが、ティキは例外的なまでに、例えば女優が誰であってもパッケージにティキの名前があれば買ってくれる客がかなりの数居る程に人気のある男優で、ある程度の相手や内容の選り好みが出来る立場だ。因みにその立場上、相手は無名の新人女優が多い。ティキの名前で買って、女優も気に入ってくれれば万々歳――――――そんな所だ。
 そして案の定、監督がドアを開くとそこで椅子に座っていたのは先程見かけたその美人。

「ティキ、適当に話をしててくれ。向こうを片付けてくる」
「…………分かりました」

 立ち去り際、監督がボソリと耳元で囁いてきた。

「…………滅多にない上玉だ。逃さないでくれよ?」
「…………」

 ティキの性分を知っているからこその言葉。苦いものを感じて、ティキは口元を引き結んだ。
 眼の前にいるのに、相手は目をあわせてこない。
 膝の上で握られた拳は関節が白くなるほど強く握られている。

 …………これは逃したくなるって物件だ。

 ティキは、溜息を吐いた。


 神田は出演希望。