向かい合った所の錆の浮いたパイプ椅子に座る。

「…………あー。えーと」
「…………」
「名前は? 志望動機的な物とかってある?」
「…………神田。スカウトに、誘われて」

 俺の言葉に、相手はポツリ、と零すように返してきた。

「うーん…………若い、よな? 学生君?」
「…………」

 青年はコクリと頷いた。

「大学生?」
「…………」

 今度は首を横に振る。

「っておい、まさか高校生?」

 おいおい、とティキは胸中でスカウトに突っ込んだ。
 未成年じゃねぇの、これ。
 確かに法律の事だけを言うなら、この手のビデオに出演できるのは18歳からだ。奇妙なもんで、この国では煙草や酒に手を出すことよりもAVに出る事の方が未成年にとって無害だと思われているらしい。心底法律作った奴は馬鹿だと思う。きっと俺以上の馬鹿だ。 

「小遣い稼ぎなら止めときな。真っ当に働くのが嫌ならまだウリの方がマシだぜ? 何ならお前みたいなのが好みだっつー金払いのいいジジィ紹介してやろうか?」
「…………」

 堅く口を引き結んだ青年は光の無い目でティキを見返した。

「本職で入るんならまだしもさ。多分お前が思ってる以上にこの仕事、ロクでもねぇぜ? つか分かってるよな? お前、女優の相手する男優じゃなくて男に突っ込まれる、ゲイビデオの男優としてスカウトされたんだけど」

 ティキは本物の素人物は嫌いだった。駈け出し若しくは無名の女優男優を使う、言ってみればニセモノの素人物なら幾らでも構わない。だが、本当の素人が大した覚悟もなく出演するのは何よりも当人の為にならないと堅く信じている。
 確かに実入りはいい。容姿にもよるが、学生がまともにバイトしたとしての半年分位を稼ぎだす事だって出来る。目の前の神田という青年なら間違い無いだろう。但し其れは一生涯付きまとう、「周囲にAV出演がバレる」というリスクと引換だ。一般に男優より女優の方がそのリスクは高いが、彼の出演しようとしているゲイビデオについてだけは男優で出演するのは似たようなものだ。

「知り合いの誰に見られるか分からない。将来まともな会社に就職してさ、そこで「あいつゲイビデオ出たんだぜ」とか言われるの、ヤだろ? どーするよ、周囲に触れて回られたくなきゃ…………とか言って脅される羽目になったら」
「…………」

 青年は俯いた。それを「良い」と思っている訳ではなさそうだ。
 ティキの言っていることは脅しでもなんでもなく、事実だ。実際にそんな些細な事件などこの業界何処にでも、幾らでも転がっている。そして本職達は鼻で笑うのだ、「その程度の覚悟で来るからだ」と。
 ティキも笑えるものならいっそ笑いたい。だが実際は笑えない。
 最近、随分この業界への敷居が低くなった。昔は素人物なんていったら本気で親の借金のカタにと売り飛ばされてきたような娘ばかりだと聞いていたが、今は普通に実入りの良いバイトとして、援助交際の延長として入ってくる輩が多い。男に至ってはもっと脳天気で、最近も何処ぞの男子大学生が複数で夏休みの旅費だかサークル活動費だかを稼ぎたいとやって来た。…………馬鹿にも程がある。

「それでも、金が要るんだ」

 そう言い切った青年の目に、迷いはなかった。







「で、結局どうしたんだ?」
「明後日撮影あるでしょ。それ見学させて、それでも出るっつーんなら、相手しますよ」

 片付けを終えて部屋に戻ってきた監督と顔を付き合わす。
 その前にあの青年は帰した。――――――意志は中々に硬そうだ。
 随分切羽詰まった様子だった。あれは単なる遊ぶ金欲しさじゃなさそうだ、とティキは踏んでいる。覚悟と理由を持つ奴は強いし折れない。

「成程。流石、といった所か」

 感心されているのか小馬鹿にされているのか。
 確かに、ティキの立場であの青年の将来など心配してやる義理はない。本人がやると言うのだからやらせて、相手をしてやればいい。ティキの仕事はそこまでだ。向こうの将来など、関係無い。
 無い、がしかし。

「俺は単に、将来恨まれて刺されるかもってのが嫌なだけですよ」

 監督に作り笑顔を向けて肩を竦めておく。
 厄介事が嫌なのは事実だ。昔相手役を務めた素人物の援交娘がビデオ出演が親にバレたとかで「あんたの所為で」と罵られた事もある。因みにその父親が俺のファンだったらしい。なんていうか、親が親なら…………という所だろうか。何にせよその気満々でパンツまで脱いでいたところで出てきた女優が自分の娘じゃ、まぁ、ショックはデカいだろう。お気の毒様だ。
 勿論厄介事を避ける為、それだけでも無かったが。
 ティキは選択肢が無かった口だ。今でこそ天職とも思っているが元は望んで入った業界ではなかった。早すぎる親の死と弟妹達の存在が無ければ、多分もう少し真っ当な所にいたとは思う。とはいえ気持ちの良い事は好きだし、頭の良い方ではなかったから結局時期の問題だけでいずれは同じ道を辿ったのかもしれない。まぁ、今更だ。後悔する程ではないが、選択肢は欲しかったと思わないでもない。
 だからこそ、昔の自分と同じような立場であるならば、逃がしてやりたい――――――別の選択肢を与えてやりたいと思う。向こうからすれば余計なお世話だろうが。

「ところで明後日の撮影って…………あぁ、例のレイプ物? 嫌だなー、最初っからあんなキッツイの見せて怖気づかれてやっぱり辞めるとか言い出したらどうするんだ」

 勿論それ狙いだ。
 俺の意図に気付いたらしい監督が半目で俺を睨む。

「つーか監督、アイツ高校生らしいじゃないっすか。いいんですか?」
「いいんじゃないの? 将来どっかに沈むにしても、ビデオの出演経験がある方が箔が付くってもんでしょ」
「監督」

 何処かのゲイ系の風俗店へ、とさらりと口にする監督に少しばかり苛立った。まだ若い人間がみすみす将来を潰そうって言うのに。

「本人がやるって言ってるんだ」
「親とか学校とか、バレたら五月蝿いでしょ」

 法律が許容しても未成年には保護者という存在がある。勿論たまには親公認なんていうとんでもないケースも、あるにはあるけれど。

「学校は今年から休学中だとさ。親は大丈夫、いないらしいから」
「…………いない?」
「弟が一人いるだけ、だってさ」
「…………」

 何処かで聞いた話だとティキは遠い目をする。それが本当ならティキの良く知る何処かの誰かのケースとそっくりだ。
 勿論嘘の可能性だってある。お涙頂戴は話で監督の同情を引きつけて出演料を値上げさせようとする奴は少なくない。しかしティキは頭の何処かで、多分本当なんだろうなと信じていた。でなければリスクを理解しても尚出演しようとはしないだろう。
 
 間違えなきゃいいけど。

 ティキは小さく呟いた。



 ティキの弟妹はジャスデビとロード。