※微グロ注意※
「ラビ。茶」
「…………ユーウ? 俺は茶じゃないさ?」
炬燵に入ったまま顎で俺に示すユウに、溜息を付く。だけど半居候の身としては否など唱えられるはずがない。
仕方なく、既に勝手知ったる他人の家の廊下を歩いて台所へ向かう。基本的にユウと俺しかいないので、暖房は必要最低限、さっきまで俺も居た居間にしかつけていない。窓が大きい上に断熱効果の薄い昔からのものである所為か、廊下は息が白くなるほど寒い。二の腕を擦りながら、体が冷えきる前に茶椀とお茶っ葉を持ってこようと、足早になる。
今日は寒く、窓から見える神社の敷地には人の姿は無い。子連れの家族で賑わった七五三シーズンも終わり、この後は年末近くなるまでは比較的暇な時期だ。
ユウの両親達は今、日本全土出張お祓いツアーなるものに出掛けている。ちょっと意味が分からない名前だけど、これはようは七五三シーズンを乗り切った自分達へのご褒美にと、物見遊山を兼ねてのことだとユウは言っていた。ユウが高校を卒業し、神社を任せても問題無いと判断されたこともあるという。そもそも此処にはどんなセキュリティ会社よりも頼りになる守り神がいるんだから、心配することなんて何もない。
「さむさむっ、…………っと?」
今、右の視界を何かが横切った。
俺の右目は、もう現世の者を見ない。
昔はそれでも現世もあの世も両方見えてた筈なんだけど、いつの間にか俺の右目は現世を見ることを止めてしまった。その代わりと言わんばかりにあの世を見る視力は無駄に良くなってるんだから、俺はユウに出逢ってなかったら今頃死んでるんじゃないだろうか。
是非残った左目には頑張って欲しいところさ。…………で、アレは一体何だろう。
普段は厄介事を避けるために眼帯で隠している右目を開く。両目で同時に物を見ようとすると現世もあの世も入り交じって非常に見辛い。
左目を閉じて、現世をシャットダウンする。と、一番手前の鳥居の向こうの辺りに、鴉が大量に集まっているのが視えた。
勿論右目で視えた鴉だ。普通の鴉な訳が無い。現に俺の左目には何も映っていなかった。
此処は神社だけど、此処に居を構える神様が元々妖怪に信仰される類の、人間にとっては祟り神だとか荒神だとか畏れられるタイプの神様の所為で、邪悪ではなく敵意を持たない奴に限り妖怪も入ってこれるようになっている。俺が知る限り、そういった妖怪達で此処にいる俺やユウ、または参拝客なんかに悪さをした奴はいない。まぁ仮にそんな事になったら一瞬にしてユウに切り捨てられるか守り神様に消し炭にされるだろう。
だからあの鴉達だって、悪さをしている訳じゃないんだろう。
だけど何か気にかかって、俺は手近な引き戸を引いて、下駄をつっかけて外に出た。
ギャアギャアと騒がしい声は現世の鴉とそう変わらない。
余り好きになれない類の鳴き声だ。何となく、この鴉達を統べる大妖怪の顔を思い出してしまって首を振る。
「もー…………五月蝿いさー。そんなに騒いでるとユウに怒られるぜ?」
鴉達の目が俺を捉える。普通の鴉には有り得ない怪しい輝きに一瞬怯みそうになるけれど、怯んだら負けだ。俺の事は守り神の加護を持つユウが守護してくれてる。そこらの妖怪達に、負けるわけがない。…………自分の力じゃ絶対無い所が若干情けないけど、俺は精々視る事が出来るだけの極めて普通の一般人だ。
分が悪いと思ったのか、鴉達が飛び去っていく。
黒い集団が立ち去った後、ぽつんの一つ残っていたそれに、俺は思い切り目を見開いた。
「ユッ…………ユウー!」
「んだよ、茶はどうした」
「茶の話なんかどうでもいいさ! こっ、これ!!」
俺は腕の中のもの――――――上着に包んだ小さな生き物――――――をユウに押し付けた。
面倒そうな顔で受け取ったユウは上着を開き、それから思い切り眉根を寄せる。
「…………。何処から拾ってきたんだよ、こんなもの」
人の幼児に似た姿に、頭の上には白い耳。同じ色の小さな尻尾も生えている。
狐妖の子供だ。散々な有様の。
左腕は肘の辺りから下が無く、目も、片方は鴉の嘴に抉り出されたのか血塗れの空洞があるだけだ。
明らかに瀕死の姿。でも、まだ生きている。
俺から受け取った狐の子供を抱えたまま、ユウは立ち上がった。
「おい。妖共なんて野生の生き物と一緒だ。弱きゃ死ぬし、食われる事だってあるだろうよ。それが自然の摂理だ」
「…………うん」
「しかもこいつ、親が居なかったんだろ。じゃあ捨てられたんだろうな。狐妖は賢い、弱かったり脆かったりする個体は産んだ直後に母親が始末するんだ。奴らはそうやって自分達の社会の秩序と力を護ってる。野生の犬猫とそう大差無い」
「…………分かってる」
ユウは本当に分かってるんだろうな、とでも言いたげな顔で俺を一瞥した。
「…………ったく。お前が敷地内に入れちまうから…………。死は穢れだ。此処で死なれる訳には、行かねーんだよ」
俺は足早に本殿に向かうユウのあとを追った。
本殿の一番奥。
参拝客の目にはけして触れないその部屋は、この神社が祀っている神様のご神体である鏡と、それからもう一人。
正真正銘の神様が、いる。とてはそうも思えない守り神様が。
「起きろっ!!!」
今日も今日とて通常運転、お神酒の樽とを近くに転がして、布団の上でいびきをかいて眠っているその神様を、ユウは――――――全力で足蹴にした。
暫く布団の山がもそもそと動いた後、にゅっ、と手が伸びてユウの足を捕らえる。
「うわっ!?」
ユウはとっさに腕の中の子狐を庇いながらも、伸びてきた手に布団の中へ引きずり込まれる。中からはユウのくぐもった怒鳴り声が聞こえてきた。
「…………あ〜?」
暫く聞き取りづらい遣り取りの後、解放されたらしいユウが幾分疲れた表情で布団の中から這い出してくる。余計な事をされた所為でユウの服と布団とが子狐の血で血塗れだ。
「くそっ、あんたが自分で洗えよ!」
毒づいたユウと、漸く起き上がり姿を表した此処の守り神――――――鬼神のクロスが、頭をボリボリ掻きながら、大欠伸をした。
「んだよ、んなものどっから拾って来たんだお前は。ったく、捨て犬拾って来て怒られてた頃と変わんねぇな」
面倒臭そうな顔の鬼神の視線の先は、ユウの腕の中の子狐。
「参道で襲われてたんさ」
俺が答えると、お前か、とクロスはこっちを見た。
「何でんなものこっちに連れてきた?」
「ちっこいのが襲われてたら助けたいって思うのが人情だから」
「そうなのか?」
人間とは程遠い生き物(なのかすら怪しい)は、ユウにちら、と視線を向けた。
「さぁ。…………まぁ、鴉共が襲ってたって話だからな。うちの近くで殺生とは、いい度胸だ。後でティキの奴締め上げてやる」
「んで、どうすんだその狐は」
「傷を治す。手伝え」
「…………」
面倒クセェ、という顔のクロスの着物の端を、ユウは掴んだ。肌蹴るのも無視して無理矢理引っ張る。
「早く立て」
「ったく…………」
ブツブツと文句を言いつつも従って立ち上がったクロスと共に、俺達は今度は拝殿に向かった。
ラビと神田は大学生。