※微グロ注意※



 拝殿についてしまえば俺はやることがない。結界を張って治療にとりかかる二人の邪魔にならないように隅の方に立っているだけだ。
 小刀で自分の掌を切りつけたユウは、その血を指先でとって子狐の腕と額とに文様を描く。途中で、

「おい、早速間違ってんぞ。棒が一本足りてねぇ」
「…………チッ」

 クロスにそんなツッコミされてたりするけど。
 ユウは結界を張ったりとかそういう事がとても苦手だから、仕方ない。

「おいラビ。コイツのパーツ、どっかに落ちてなかったか」
「え? パーツ?」
「目と腕」
「あぁ…………」

 あったっけ…………。っていうか、あったらあったでスプラッタな話だ。

「ティキの奴を呼びつけろ。鴉が持ってったんだろ。今頃奴らの胃袋の中かもしれんが」

 そら恐ろしい事を口にしたクロスに頷き返して、ユウが投げて寄越した小さな玉を受け取って外に出た。結界の中じゃ妖怪のティキは呼び出せない。
 薄金色の玉を、石畳に向かって思い切りそれを叩きつけた。石畳と触れた瞬間、周囲にパッと煙のような妖気が立ち込める。慣れてきたとはいえ吸い込むのは怖いから、思わず口元を覆った。

「いってぇぇぇぇ!! 何すんだよ!!」

 玉と妖怪との痛覚は繋がっている。その所為での猛然とした抗議の声を無視して、俺は現れた妖怪に告げた。人と変わらない姿。この辺りの人間と違うのは、肌が浅黒い事位だろうか。

「クロスとユウが呼び出せって言うから」
「げっ。俺、何かしたっけ」
「あんたじゃなくて、あんたのとこの下っ端。参道で狐襲って、食い殺そうとしたから。ユウめちゃくちゃ怒ってるからな」
「うわぁぁぁぁぁ」
「管理不行き届きだって」

 多少話を盛って告げると妖怪こと、鴉妖を統べる大妖怪の筈の、八咫鴉のティキは肩を抱いて震え上がった。
 大妖怪と言えども神様であるクロスと、そのクロスから絶大な加護を受けるユウには敵わない。というか、天敵だ。

「…………で、俺はどうすりゃいいの?」
「鴉が持ってった狐の腕と目、取り返してこいって」
「そりゃやるけど…………多分食ってるんじゃねぇの? 食った奴の腹裂いて取り出してくればいい?」
「あーうん、多分…………?」

 大人の鴉妖なら腹を割かれた位じゃ死なない。
 分かったと頷いたティキは、背から黒い羽を生やすとバサリと羽ばたいた。

「あ! 腹裂くの、こっちでやるなよ!?」
「わーってるよ!」

 これ以上敷地内を血で汚したら、ユウが切れそうだ。
 暫くその場で待っていると、直ぐにティキが戻ってきた。腕には血塗れの塊を抱えながら、だ。

「…………これ、か?」
「さぁ…………」

 ラムネ瓶と同じくらいの細さの小さな塊に、二人して顔を見合わせる。
 食わてたという言葉どおり、皮はなく、肉も一部はそぎ落ちて骨が見え隠れしている。目らしきものは単なる肉の塊だ。水晶体のような物体がでろりと見えているのは実にグロテスクだけどそんな事を言ってる場合でもなし。
 こんなの持って行ったところで治せるんだろうか…………。
 不安になりながらも腕を受け取り、俺は一人拝殿に向かった。








「ユウ、これみたいだけど」
「あぁ…………うわ、」

 予想以上の惨状にか、ユウが顔を顰めた。

「完全には治らんぞ」

 覗きこんだクロスも眉根を寄せる。

「…………まぁ、いい。取り敢えずくっついて動きさえすれば。この狐が成獣になった頃には自力で腕も作るだろ」

 ユウが清めた水を張った盥の中に二つの塊を入れる。直ぐに水は赤く濁った。ユウとクロスとが盥の方に意識を向けているので、手の空いた俺は子狐の方に近づく。微かな息でまだ小さな胸が上下していた。血がこびり付いて乾き始めた髪を撫でてやる。
 するとピクリと耳が動いた。

「すっげぇ生命力。おチビさん、強い妖怪になれるさ」

 ピクピク動く耳を指で撫でていると、盥の方の処理を終えたのかユウが振り返った。

「ラビ、どいてろ」
「了解〜」

 子狐を残してその場から離れる。壁際の結界の外。
 ユウが目を空いた眼窩へ、腕をもとあっただろう場所に置く。
 強い神気の作用に、眩暈と頭痛めいたものを呼び起こされて、俺は巻き込まれないように堅く目を閉じた。









「…………で、この狐はどうするんだ」

 くぅくぅと眠る子狐を膝に置いたユウは、炬燵布団を子狐の肩の辺りまで上げてやりながら俺を半眼で睨む。時折ピルピルと小さな耳が動いている。
 腕と目は、取り敢えずくっついた。最も赤黒い腕は元々の姿とは程遠いだろうけれど。目は、子狐がまだ目を覚ましていないからどうなっているか分からない。

「群れに戻す、とか?」
「捨てられた奴を戻してどうするんだよ、また捨てられんだろ」
「つかどうして捨てられたんだろ…………。生命力も強そうだし、俺は狐の事ってあんま知らないけど、妖力だって低く無いさ?」

 子狐の妖力は大半が生命の維持に使われていたらしく、手当を終えて妖力を使う必要がなくなると、ユウがちょっと驚く位の妖力を持っていた。

「狐の中でも強い方だと思うけどなー…………」

 ユウにボコられた後も痛々しいティキが、同じく炬燵に入りながら相槌を打つ。

「鬼混じりだからだろ」
「え、これ狐じゃないの?」

 若干眠そうな顔のクロスが、欠伸ついでに言った。

「狐は狐だろ。親か、その前かが鬼なんだろうがな」
「つーか俺、さっき気付いたんだけど…………」
「コイツの妖気、ちょっとあんたの神気に似てる」
「へ?」

 ユウとティキが、そんな事を言ってクロスを見た。心底胡散臭いものを見る目で。

「…………狐の女とはもう千年年以上ヤッてねぇ。ましてや九尾の血族となんざ、後腐れありすぎて面倒だ」

 ありとあらゆる種族に愛人を抱える神様にしては珍しい発言だ。

「あぁ、あったよね大昔…………狐と鬼の大戦争」
「何それ」
「当時の稲荷神が女神だったんだけどさー。鬼神が手ぇ出したとか出してないとかで、大騒ぎ。結局稲荷神がその座から降りて新しい神様立てることで解決したらしいけど」

 世界の成立当初から変わらず存在する鬼神と違い、稲荷神は定期的に交代するのだという。
 九尾、引いては天狐はその稲荷神の第一の神使であり、同時に次代稲荷神候補でもあるから、と永く生きているティキが言った。

「ってことは、コイツ九尾の子なのか…………」
「見りゃ分かんだろ、尻尾」

 クロスに言われたユウは子狐を炬燵から引っ張り出すと、尻尾を触った。俺も興味があったから身を乗り出して、視る。

「あ、ホントだ…………ちゃんと九本になり始めてる」

 一本の大きめの尻尾。だけどその先が九つに割れ始めている。例えて言うなれば、使った後の書道の筆に似ている。

「でも何で鬼混じりだと捨てられちまうんさ?」
「あいつらプライド無駄にたっけーから」

 ティキが若干呆れ顔で頬杖をついた。ユウはブルリと震えた子狐を炬燵の中に戻す。何だかんだ言っても面倒見が良い。

「嫌なんだろ、自分達の王様が鬼との混ざりモンってーのが。あいつらの混血への風当たりの強さって、傍から見てると異常だし」
「ふぅん…………よく分からん世界さー」

 人間の世界だって似たようなことはあるけど。人間界における典型的混ざりモンであるところの俺としては心当たりが無いこともない。
 うにゃあ、と猫にも犬にも似た鳴き声を上げた頭だけ外に出ている子狐は、ユウの膝に甘えるように頬を擦りつけた。





 文中の鬼と狐の大戦争は第一次妖怪大戦争。
 第二次妖怪大戦争は子狐が成長するずっと未来のお話。