夢の中の僕は大体何時も小さな子狐だ。
まだ産まれて間もない、尻尾だって今のように別れてない、そんな頃。
僕を拾った人間達に手を引かれ、石畳を歩いた夢。或いはお菓子を貰って喜んだ幸せな夢。
彼らはずっと僕の手を引いてくれた。
僕の手を握る彼らの艷やかで瑞々しい肌だった手が、彼らにとっては長く、僕にとっては短い時と共にその艶やかさと瑞々しさを失い皺が寄り。
目元にも同じように皺が寄り、黒と赤の髪は白いものが混じりやがて白一色になり。これで漸くお揃いだ、と笑ったそんな彼らのことが、大好きだった。
先に逝ったのは赤の人。わずか数ヶ月の差で続いたのは黒い人。
大好きだった、人間達。
僕の夢は、何時もそこで終わる。
「…………」
眠りから浮上して目を開く。
寝所の中には、他の気配があると煩わしいから――――――僕は同族の気配が嫌いだ――――――誰も入れない。それは護衛が無いのと同じだから、若しかしたら寝首を掻きに来る奴もいるかもしれないけど(彼らにとって僕は良い王ではない事くらい自覚している)、返り討ちにするまでだ。
純血の狐というものは、どうにも大して強くならない。何せ前の天狐を始めとした九尾の一族ですら、所詮あの程度だ。彼らの九本の尾の内八本を引きちぎって追放した時の事を思い出して、薄っすら笑う。
手元の鈴を、りぃん、と鳴らした。
即座に応じて青い顔の狐が一人、寝所の扉を開く。どうして誰も彼もが僕を見ると青い顔をするのか納得いかない。ただ僕は、一番強い狐が天狐だというから僕自身がそれに相応しいと示しただけなのに。あと、身の程も弁えず逆らった狐を排除しただけだ。でもそんなのは歴代の天狐だってしていた筈だ。僕の産みの母親とやらにしたように。
新しい衣装を携えた狐が震えながら僕の前に近寄ってくる。そんな姿を見下ろしながら溜息を付くと、狐はびくりと震えた。――――――あぁ、やっぱり狐なんてつまらない。天狐になんて、なるんじゃなかった。此処はこんなにも退屈だ。
前の天狐は殺したんじゃなくて尾を引きちぎって追放しただけなんだから、連れ戻したら天狐に戻せるんだろうか。
そんな事を考えながら、僕は小さく欠伸をした。
退屈だ、退屈だ、退屈だ。
退屈は僕を殺す。
狐が持って来た食事を食べ尽くしてお腹を満たしても、この退屈は紛れない。
人の世にでも出かけようか。
それとも知己の鴉妖の所へ行こうか。
――――――あぁ、それとも。
「今日こそ師匠のお妃様に挨拶に行こうかな」
僕を拾った人間達が逝った後僕を育ててくれたのは、鬼族の神様である師匠だ。実質、師匠が君臨している鬼妖に育てられた。彼らのことは嫌いじゃない。確かに単純な人が多いかもしれないけど、狐のように弱いくせに小賢しい訳でもないし、「強さ」には素直に敬意を払ってくれる。敬意は払うけど、恐れはしない。僕も、もっと鬼の血が濃く出れば鬼妖になれたかもしれないのに。
まぁそれはともかく、鬼神である師匠はほんの十数年前、ついにお妃様を貰った。ついに、というのはそれが僕が子狐の頃からずっと周り中にせっつかれていたことだからだ。正しくは必要なのはお妃様ではなく彼女が産む師匠の子、新しい神様だろうけど。
師匠が迎えたお妃様は師匠と盟友である龍神と、雷神筋であるその妃神との娘らしい。神としては随分若く、僕より大分若いという。それは師匠からしてみれば子供に等しいんじゃないだろうか。何せ未だに顔を合わせれば僕は子供扱いだ。まぁきっと、僕が稲荷神にでもならない限りずっと続くだろう。
師匠はそんな自分のお妃様を、貰うなり鬼妖の里にある自分の宮殿の奥深くに閉じ込めた。閉じ込めて、信の置ける上位の鬼妖以外とはけして合わせないという。神様同士の会合にも妃神を伴ってきたことがない、と稲荷神が言っていた。
最初はそんな風に扱われたお妃様は実は師匠に良く思われないのかと同情したけれど、実は既に懐妊中だという話を風の噂で聞いた。神は大体百年程掛けて産まれて来る。他の生き物と比べて、その期間は非常に長い。
館の奥深くに閉じ込めたのは、他の何者からも護ろうとしているからなんだろうか。だとしたら、あの師匠にそこまで大切にされるお妃様とやらに俄然興味が湧いた。
何度か鬼妖に謁見を求める書を送ったし、師匠にも直接会いたい事を伝えた。答えはどちらも「否」だ。
「隠されると余計に興味が唆られますけどね」
なら、無理にでも。
僕がそう思うのに、大して時間は掛からなかった。
幸い師匠のもとで暮らした時期が長いから、館の構造は熟知している。余程大規模に改装しない限りはあのままの筈だ。
師匠もその辺は予想しているらしくて、既に一度下見に行った時は館全体を覆う結界が張ってあった。目の細かく、鼠の子一匹とて入れば気づかれるだろう結界にその時は諦めて撤退したけど。
「別に気づかれたって強行突破すればいいだけの話だし…………」
師匠が直々に出てくれば難しいけれど、単に鬼妖達なら蹴散らすことも出来る。
鬼妖達に喧嘩を売りたいわけじゃないから、そんなに派手にやらかすつもりはないけれど。
愉しそうな予感に、唇の端が意識せずとも上がった。
ど う し て こ う な っ た