2008年に書いてそのままにしてあった話。に加筆修正を加えました。
古いので設定も古いです。ネア? ナニソレ状態。
でも折角だから晒しあげ。
アレン×神田嬢です。死にネタです。ご注意下さい。
「望め、されば与えん」
『手間かけさせんな、馬鹿弟子。――――――お前の捜し物は、俺が預かってる』
地中海に面した小さな町。小高い丘の上の小さな家。
任務中に受け取った師匠からの通信。コムイさんには無理を言って、来させて貰った。
師匠の言う「捜し物」が何のことなのかは、分からなかった。けれどわざわざ通信を寄越した位なのだから、きっと重要なことなんだろう。
小さな家の、潮風で塗装が剥げたドアを軽く叩く。
「師匠? いるんですか?」
返事はない。色褪せた金属のドアノブを軽く捻ると鍵は掛かっていなかった。
ギィ、と頼りない音を立ててドアが開く。一歩足を踏み入れると木の床がギシリと鳴った。
古びてはいるけれど、中は片づけられていて綺麗だ。けれどお供をしている頃に巡った師匠の愛人の人の家とは何かが根本的に違っていた。
「師匠、いないんですか…………?」
僕を此処に呼び出したのは師匠なのに。
途方に暮れて溜息をつく。と、肩に止まっていたティムがふわりと飛び上がった。キッチンの奥の部屋にそのまますいっ、と入っていってしまう。
「わ、こら、ティム!?」
勝手に入っちゃ…………!
でも、今更だ。既に立派な不法侵入者だろう。家主に鉢合わせしたら警察に突き出されても文句は言えない。ローズクロスの威光は一般家庭には通じないだろう。
ティムが戻ってくる様子はない。どうせもう既に不法侵入だ、今更だ――――――と覚悟を決めて僕もその部屋に向かった。
さぁ、と暖かい風が頬を撫でた。微かに湿度を含んだ潮風。
開け放たれた大きな出窓。白いカーテンは風に揺れている。窓から入ってくる陽光で、部屋の中はとても明るい。
「ティ…………」
ティム、と呼ぼうとした声が詰まる。
出窓の傍にはベッドが一つ。そのベッドフレームにティムは留まっていた。
そのベッドのシーツは丸く膨らんでいて、そこに人がいることを示している。
「…………師匠?」
寝て、る?
師匠だとしたら起こすと怖いし、師匠でない人だったら恐らく驚かれるだろうから、僕はティムを連れついでにそっとその眠る人の顔を覗き込み――――――息を、止めた。
「か…………ん、だ」
ベッドの中。出窓の方に顔を向けるようにして眠っていたのは、教団から出奔した、行方知れずの神田だった。
ベッドフレームに止まっていたティムはふわりと神田の傍に降りた。驚きで二の句が継げない僕はただそれを見守る。
ティムは、小さな手で神田の頬をぺちぺちと叩いた。
神田の瞼が、ふるり、と震えた。
ゆっくりと開かれたその瞳は、僕の知っているものだった。
薄い膜一枚を張ったかのように眠気に曇っていた眼差しが、徐々にクリアなものとなる。
ゆっくりと彼女が上半身を起こそうとしたからベッドの上から退いた。手を貸そうとしたけれど、その手は取られなかった。
「…………。…………何で、テメェがいる?」
困惑。そんな名前の感情を滲ませつつ神田が呟いた。
「…………師匠に、僕の捜し物が此処にあると。通信を受け取りました」
「クロス元帥か…………」
あぁ、ともふぅ、とも取れる溜息を神田がついた。
「――――――どうして出奔なんかしたんですか。下手したら、異端尋問に掛けられるんですよ!?」
裏切りは禁忌だ。エクソシストであれば尚更。
それ以前に咎落ちの可能性だってあるのに!!
「だとしても、お前には関係ない」
冷たく切り捨てるような言葉に、一瞬にして頭に血が上った。
ダンッ!
「関係ないなんて…………っ! 良く言えますね!?」
彼女が起こしていた上半身を、乱暴にベッドの上に縫い止めた。衝撃にか、一瞬息を詰めた神田は眉間に深く皺を刻む。
「僕が、ラビが、リナリーが、コムイさんが、他の人達が!! どれだけ心配したとっ…………!」
「やめろ、放せ」
教団からの逃亡。咎落ちしているのでは、とどれだけ心配したか。
仮に戻ってきたとしても裁判に掛けられる、その可能性だって有った。
――――――コムイさんからの通信の後、どれだけ心配したか!!
彼女の肩を押さえつける手に、自然と力が籠もった。
「どれだけ、僕らが…………っ」
「――――――放せっ!!」
「っ!」
強い語気で僕を拒んだ神田は、断固とした意志を瞳に映し出していた。そのあまりの強さに、情けなくも肩は震え、彼女から手を放す。
「…………その調子じゃ、コムイは話さなかったんだな」
「…………は?」
「何でもねぇ。…………お前には関係ない。時期が来れば、教団に戻る。それまで放っておけ」
「君、今の自分の立場分かってますか? 僕だけじゃない、全てのエクソシストとファインダーに、君の捜索命令が出てるんですよ!」
これは嘘だった。そうかもしれないけれど、少なくとも僕はそんな事は聞いていない。カマを掛けたと言うのもあるし、彼女に事の重大性を理解して貰いたい、その気持ちもあった。
「コムイも大概だな。形振り構わねぇってか。――――――こんなくたばりかけの為に、ご苦労なこった」
唇を歪めて笑う神田の台詞の意味が、分からない。
くたばりかけ? それは誰のことだ? 僕のことじゃない、だって今の意味じゃ、それは…………
「…………は?」
「死ぬ直前まで働け、無駄死にすんなってーのは、まぁ指揮官なら間違った判断じゃねぇな。エクソシストの頭数は足りてねぇ」
薄く笑う神田が、その表情とは裏腹に白いシーツをぎゅっと握り締めた。
それから再度僕を強く睨む。
「俺は帰らない。――――――時期が来れば帰るかもしれねぇが。まぁもしかしたら棺桶に入ってるかもしれねぇな。そうだったら燃やすなりバラして研究材料にするなり好きにしろと伝えとけ。…………頼むから、今連れ戻すのは止めてくれ」
台詞の最後だけが、弱くて。
「神田…………まさか、君…………」
くたばりかけ、その意味は。
「どこか悪い、んですか?」
「…………病気じゃねぇ。老い先短いって意味なら、間違っちゃねぇけど」
「――――――!!」
息が詰まった。
だってそんな事知らない。
「だったら尚更教団に戻って、治療を」
「だから、病気じゃない。――――――治らない。失った寿命は戻せない」
「どういう、意味…………」
「…………」
唇を引き結んだ神田はそれ以上の会話を拒絶するように視線を落とした。
「神田っ」
彼女の肩を掴んで揺さぶる。神田が苦しそうな顔をして、抵抗した。
と、だ。
「おい馬鹿弟子。何やってんだ。妊婦に暴力振うな」
何処から、何時から入ってきたのか師匠が背後にいた。
――――――その言葉、は。
「妊、婦?」
はっ、として彼女のシーツの中にある下半身、取り分け下腹部に視線を落とした。お腹を庇うように両手を重ねている神田が、手に力を籠めた。
「――――――神田、まさか…………」
喘ぐように聞いても、返事は帰ってこなかった。
クロスに助けを求めたのは弟子のアレンの子だから多少は手助けしてくれるんじゃないだろうかという半分賭けみたいな期待による。
自分の師匠はきっとコムイと同じ判断を下すだろうと思った、そんな神田嬢。