人には誰しも苦手な物事があるだろう。一つもない、という人間になど今迄お目にかかったことがない。人当たりが良くて誰しもに認められれる程の美少年と名高い後輩は裏表がありすぎる上に借金を何百万と抱えた身だし(借金は別に本人の所為じゃねぇが)、頭が良く社交的で明るい腐れ縁の友人はヘタレで何事にも押しが弱くツメが甘く、その所為で厄介事に巻き込まれたり損をする事がしょっちゅうだ。ガキの頃からの付き合いの幼馴染は何にでもマヨネーズかけようとする味覚破壊で次いでにちょっと電波が入っている。(直ぐに前世がどうたら言い出すんだがアレは一体何なんだ。)
俺について言えば苦手な事は多いほうだ。その中でも「これ」は大分、上位に来る苦手な事だろう。
『だーいじょうぶだって! 慣れる慣れる。つーか今の内に慣れといた方が良いって。ユウ、そんだけ人付き合い苦手だと就職してから苦労するさ?』
そんな腐れ縁の友人の言葉に一理あるやもと素直に頷いた二週間前のことを、俺はたった今真剣に後悔していた。
そう、本当に真剣に後悔していた。
「ねぇカノジョー、仕事何時まで? 終わったら俺らと飲み行かない?」
だから酔っぱらい相手の仕事なんて止めときゃ良かったんだ!!
酒臭い息をまき散らしながら俺の顔を覗き込んでくる――――――つーか背の差で気づけ、どんな大女だと思ってんだ馬鹿――――――鬱陶しい酔っ払いもとい客をぶん殴りたい衝動を抑えつつ、
「ラストまでです。お断りします」
「そんな事言わないでさぁー」
さぁー、じゃねぇんだよさぁー、じゃ。
つーか誰が彼女だ俺にはちゃんとテメーと同じモンついてんだよクソッタレ、そんなにヤりたきゃ二本道向こうの風俗街でも行きやがれ!
「せめてケータイ教えてよー」
馴れ馴れしく肩に置かれた手が気持ち悪い。あぁもう鬱陶しい、この盆で顔面プレスしてやろうかクソ共。
もうクビ上等だ。寧ろ二週間も持った事が奇跡だろう。誰か褒めろ、畜生。
盆を持ち替え、俺がぶん殴ってやろうとした瞬間、ゾワリと背筋に寒気が走った。
下卑た笑みと囃し立てるような声で笑う男の一人が、俺の尻を撫で摩っている。
――――――っぶっ殺す!
俺が瞬間的に行動に移そうとした瞬間。
「止めろよ兄ちゃん。見っともない」
「あぁ?! 放せよ!!」
俺が動くより先に、割り込んできた男が居た。何時の間に近くに居たんだ、気付かなかった。
俺の尻を撫でて喜んでいた気色悪い変態の手を掴み上げている男は褐色の肌の随分長身(とはいえ俺とそこまで差がある訳じゃねぇが)な男だった。多分整った類の顔なのに眼光が妙に鋭くて堅気の人間に見えない。俺にはそう見えるが酔っ払い共にはそう見えないのかそれとも訳分かってないのか、俺の事など忘れたかのように割り込んできた男に絡み始めた。
流石に客同士の諍いは不味いと調理場の店長に視線を向ける。と、店長は自分よりも大きい男達の不穏な空気に怯えたように縮こまっていた。…………そうだな、嫁と娘に虐げられてる四十男に何を期待したんだろうな俺は…………。
一応今日にも辞めるつもりとはいえ今の俺はまだ店員だ。止める義務がある。
「お客さ、」
俺が言い終わる前に、俺に絡んできていた男が一人、カウンターにぶつかった。大きな音に店内の客の目が集中する。
あーあ、やっちまった…………。もういっそ警察呼ぶか?
面倒事の気配に嘆きたい気分でいっぱいだ。どうせ面倒事になるなら自分でぶん殴りたかったというのも少しある。
割りこんできた男は何処か物騒な笑顔で、自分がぶん投げた男の所で屈み込んで低い声で囁いた。
「兄ちゃん、あのさぁ…………あんまりうちのシマで暴れてると、沈めちゃうよ?」
堅気じゃぇぇぇぇぇ! ヤの付く人種かよおい!
流石に洒落にならないと判断したのか無傷の他の男がカウンターにぶつかって動かない男を引き摺るようにして連れて行った。ポケットから万札二枚を出してレジに放り投げて行く。…………足りないことはないだろう。釣りはいらねぇって事だろうか。
厄介な奴らが去った後。
「あの…………ありがとうございました」
店長から「どうにか穏便に収めてくれ」という懇願にも近い視線を首筋辺りで感じながら俺は男に頭を下げる。
「いーよこんなの。ところで怪我はない?」
「あ、はい」
改めて近くで見ると日焼けした色の肌の、随分な美丈夫だ。何処と無く剣呑な雰囲気を漂わせているように感じるのは気の所為だけだろうか。
「そりゃ良かった」
助けた対価に金品を要求されるかと警戒しているとにっこりと笑った男はあっさりと席に戻っていった。
…………。何事もなかった事にする、のか?
やがて店内は元のざわめきを取り戻し、俺も注文のために別の客に呼ばれたるなど忙しくなった為か。その助けに入ってくれた男は何時帰ったのかも分からないまま姿を消していた。
バイト先は普通の居酒屋。
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