僕、アレン・ウォーカーは元孤児だ。
 その親もしれない元孤児が貴族のお屋敷である此処に雇っていただけているというのは、僕が幼児の頃此処とは別のお屋敷の門扉前に捨て去られていた事に起因している。
 親に捨てられ、親はおろか自分の名すら分からなかった小さな子供。そんな僕を拾ってくださったのは、そのお屋敷のお嬢様。
 僕とそれ程歳が変わらなかったお嬢様は僕をまるで弟分かのように可愛がって下さった。
 僕自身、真に無礼なことではあったけれどお嬢様を実の姉のように思っていた。
 やがて子供ながらに分別が付く年になった頃僕は僕を拾って下さったお屋敷を離れ、別のお屋敷、即ち此処に奉公に出た。それはお嬢様に格別目を掛けられ弟のように扱われた僕が「勘違い」しないように、使用人としてあるべき姿を学ぶ為だった。寂しいと思ったけれどそんな事を口にできる立場では無かったら、大人しく従った。


 そして、八年の月日が経った今日。」
 僕は年季が明け、遂に最初に拾って下さったお屋敷に戻れることになった。幸い、僕はあちらで使用人として雇っていただける事になっている。

「アレン。あちらのご主人様やお嬢様によろしくね?」
「はい!」

 これまでお世話になった奥様に出立の挨拶に行くと、笑顔でそう告げられた。良い方に雇って頂いていたのだ。
 荷物を纏めたトランクを携えお屋敷を後にする。
 電車に乗って遠く離れた街、僕が拾われた場所へ。

 短い旅が、始まった。












「アレン・ウォーカーです。明日より此方で働かせて頂くことになっております」
「――――――あぁ! あの時の…………!」

 半日かけてたどり着いたお屋敷。
 門を守る人にそう告げると彼は破顔した。

「よく戻ってきたなぁ。デカくなって…………」
「お久しぶりです、と言ってもごめんなさい、あんまり覚えてないんですが…………」
「そりゃあそうだ、此処から出てった時まだほんのガキだったもんなぁ!」

 朗らかに笑う彼に案内され、お屋敷の中へ。

「ちょっと待ってろ、バトラーを呼んでくる」
「お願いします」

 ホールの隅にひっそりと立つ。
 お屋敷は記憶の中にある姿と変わらない。格式のあるお屋敷ほど「変化」を厭うものだから当然だろう。
 灰が綺麗に片付けられている暖炉が少し古びた色合いになった程度か。

「…………ん?」

 暫く立派な内装を眺めていると、ふと視線を感じた。ぞくりと背中に這った何処か仄甘い感覚に、顔を上げる。
 一階のホールではなく、二階。
 手すりに片手を置いて、僕を見ている女性。

「お嬢、様?」

 小さく口の中で呟いた。黒い髪。黒い目。記憶の中の、まだ小さなお嬢様と今見える女性とが重なる。
 あぁ。お美しく、なった。

「…………」

 すい、とお嬢様が踵を返した。
 手すりから離れていかれ、見えなくなるのが少し残念だった。
 あの美しい方の側近くに控えるのは無理だろう、年頃の女性には女性の使用人が付くものだ。

 微かに甘く残る感覚に、掌を堅く握りしめた。











「おい」
「は、はい?」

 女主人に声をかけられた侍女一人が飛び上がらんばかりにして答える。

「玄関ホールにいた奴は見ない顔だった。新しい雇い人か」
「…………は、バトラー配下の使用人に付きましては私共では分かり兼ねます…………」

 チッ、と鋭い舌打ちに侍女は首を竦める。気難しい主人は最近の身の回りの面倒事の所為もあり酷く気が短い。
 怒鳴りつける事こそ稀だが主人は誰の目にもあからさまに不機嫌になる。

「…………」

 肩を竦めて主人の機嫌が改善されることを祈る哀れな彼女は、その後暫く生きた心地がしなかった。




 アンケートを再度とらせていただいた結果、使用人×お嬢様。  Un favori=お気に入り(仏語)


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