此処を訪れるのは七年ぶりだ。
これまでの人生の中で、最も激動の時代を過ごした場所。そして、忘れ得ぬ想いを抱いた場所。
「…………久しぶりさ…………」
彼らは、元気だろうか。
そして彼女は…………
物思いに耽りながら門を潜る。かつては此処でエクソシストとして存在していた為か、はたまた門番が仕事をしていないのか。全く引っかかる様子も無い。
さく、さく、と歩いて行ったその先。
小さな花壇の前で、蹲る小さな人影が、あった。女の子だろう、白いワンピースを着ている。
「…………子供?」
教団に子供がいない訳ではないだろう。適合者でさえあれば赤子でも連れてくるのが教団だ。今現在もそこまで強引かは兎も角として。
事実在籍していたころも9歳の幼い適合者がいた。そういえばその子供も、生きていればもう16歳にもなるのかと改めて時の流れに目を細める。
見守る向こうの小さな背は、あの子供、ティモシーの記憶の中のそれよりも尚小さい。
何をしているんだろう?
そう思って、声を掛けた。
「お嬢さん、こんにちは。何してるんさ?」
「!」
俺に気付いてなかったんだろう、驚いたように顔を跳ね上げた小さな少女は俺を見てびっくりした顔をした。
「…………お兄ちゃん、だぁれ?」
だけど、俺だって驚いた。
だってその小さな女の子は、記憶の中の「誰か」を思い出させるようなそれはそれは綺麗な黒い髪と目をしていたのだから。
…………まぁ教団にいたアジア人は何も彼女だけじゃない。室長兄妹だってそうだったし、アジア支部から移動してきた人間がいれば彼らにだっているだろう。
「お兄さんはブックマンって言うんさ。お嬢さんは此処に住んでる子?」
「うん。…………あ、」
「?」
「母様と兄様が、知らない人と喋っちゃ駄目って言ったの…………」
そしてそろり、そろり、と俺を見ながら後退る。母親と兄の咎めを恐れるようなその顔に苦笑して、
「そっかー。所でお嬢さんはコムイって奴知ってる?」
「…………? コムイお兄さん?」
「もし出来れば、呼んできて欲しいな」
「…………。うん」
小さく頷いた彼女は、スカートの裾を翻して教団の中へと駆けて行った。
彼女がコムイを本当に連れてきてくれるかどうかは分からないけれど、まぁ少し待ってみよう。
少女が去った後の花壇をぼんやりと見下ろす。小さな花壇はあの子が花を育てているんだろうか? 幾つか双葉が出ていた。
暫く、ぼーっと待っていた。
そんな俺の耳に、酷く不機嫌そうな声が届いたのは、どれくらい立った頃だっただろうか。
「――――――おい、テメェ」
「?」
背後から掛けられた不機嫌そうな声。でも子供の声だ。
「何処のどいつだ、不審者野郎」
「不審者って…………。まぁ否定はせんけど、俺は――――――」
振り向いて、それから俺は、いや俺達は絶句した。
「――――――え?」
「…………テメェ、」
その相手が、恐らく自分達がそれぞれ見覚えのある顔をしていたからだ。
ただ丁度、色だけが…………そう、目の前の少年は漆黒の髪をしていた…………違う。
だけど、その顔、は。
「テメェが、ブックマンか」
低く吐き捨てられた言葉には刺があった。
眦を釣り上げて睨みつける、そんな様子は俺よりもむしろ彼女に近い。
目眩がする。
ああ、一体この子供は何なんだ!
「…………何をトチ狂って今更顔見せに来たか知らねぇが――――――」
チャッ
「!」
子供が、腰に差していた二つの、刃が曲がった双剣を抜いた。
「テメェなんかを母上やユイには会わせない。――――――くたばれ、糞野郎!」
「っ!」
抜身の双剣で斬りかかってきた子供から慌てて体を逸らす。
――――――、早い!
「う、わっ」
刃が掠めて行き、前髪何本かを持って行かれた。子供の表情は本気だった。
本気で、俺を殺そうとしていた。
「…………子供に暴力振るうのは、どうかと思うんだけど…………さっ!」
俺も自分の槌を発動させる。それを見て子供は表情を変えた。
「でも、正当防衛だよなっ!」
そのまま振りかぶると、子供はざっ、と飛退さり――――――
「な、何何!? 何の騒ぎ!?」
丁度そんな時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「コムイ、」
「コムイ兄さん、でしょもう。何の、――――――!」
「や、コムイ。久しぶり」
「ラ…………ビ、」
「…………今はもう『ブックマン』さ。まぁ、そう呼んでもらっても構わないけど」
七年経ってるのに大して変わらない、そんなコムイを見て少しだけ安心する。
槌を仕舞い、笑いかけた。
「元気にしてた?」
「あ、あぁ…………。! コウ君!」
「!」
っと!!
コムイと喋ってて気が逸れた!
子供はまだまだ休戦してくれるつもりなんか無いらしく、容赦無く襲いかかってきた!
「やめなさい!」
「うるせぇ! 邪魔すんな! こんな野郎、ぶっ殺す!」
「っ!」」
翠の瞳が俺を睨み、殺意と憎しみに輝いていた。その様が子供とは思えないほど凄絶で、
「母上を裏切ったこいつだけは、絶対殺してやる!」
そして叫ばれた言葉に、一瞬呼吸の仕方を忘れ、それから。
「…………何の騒ぎだ?」
教団の入り口の方から聞こえてきた彼女の声に、俺の体は大きく震えた。
それはきっと向こうも一緒だろう。次の言葉は無かった。
恐れと不安と一抹の確信を秘めて振り向くと、そこには先程の小さな少女を従えた「彼女」が、
俺が七年前愛した、ユウがいた。
心底不機嫌そうに殺気立った目線を向けてくる子供にはそれ以上視線を向けず、俺はただユウを凝視した。
ユウからは何の言葉も無い。暫くの後、ユウは俺から視線を外し、
「…………戻るぞ」
俺の背後の少年に向かってそう促す。すると、背後にいた子供は双剣を仕舞ってユウの方へ小走りに駆けて行った。俺を追い抜く瞬間に、俺を殺したそうな目で睨みながら。
「神田君、」
「俺に用はねぇんだろ。戻るぞ」
コムイの遠慮がちな言葉を短い返答で切り捨てたユウは、子供が自分の元に来ると言い聞かせるような柔らかい声で話しかけた。
「お前は今日アレンに稽古付けてもらう約束だろう? 早く行け」
「はい、母上」
「行くぞユイ」
「…………」
不安気に俺を見ていた少女も、そう促されてユウに伴われて教団の内部へと戻って行く。
痺れたように動かない足を叱咤して、俺は取り敢えず、コムイの所へと向かった。
息子:神田コウ。双剣型のイノセンスの適合者。
娘:神田ユイ。
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