生まれた時から俺達には父親が居ない。
つーか、いらない。
見たことも無いし興味も無い。俺達には母上が居る。母上には俺とユイがいる。それで十分だ。いや興味が無いのは嘘で間違いだ、俺は多分顔も名前も知らないそいつを憎んでいる、母上に「俺達」という重荷を背負わせて一人逃げた男を。名前も恐らく顔も調べようとすれば調べられるのだろうが、そんなつもりにもならなかった。任務先でもしも見つけたりしたら、俺は多分そいつを殺す。
――――――父親なんて、いらない。
だってそいつは、生まれる前の俺達と母上を捨てたんだ。
『酷い話だぜ』
『あぁ。自分の子供孕んだ女捨てるなんざ、いくら神の使徒つっても鬼畜の所業だろ』
『しかし健気なもんじゃねぇか、あの若い身空で一人で子供育てようなんざ…………』
『あんなにいい女なのにな。あの若造、何考えてたんだか』
だから。
――――――お前なんか、消えちまえ。
ひやりとする殺意を直ぐ側から感じ、その発生源を見る。
今にも飛び掛らんばかりの厳しい顔。腰に下げた双剣に今にも手を掛けそうな息子は、確実に俺の気性を継いでいる。
「コウ」
嗜める意図を持って呼べば、びくり、と大袈裟なほどにその小さな――――――、そう、まだ小さな手が震えた。
双剣を握りかけていた手に自分の手を重ねる。
「それは此処で振り回すもんじゃない。…………分かるな?」
「は、い。母上」
到底承服しかねる、そんな表情だがそれでもコウは頷いた。
ユイは不安そうに何度も俺とコウを交互に見る。
娘の頭を軽く撫でて、視線を落とした。
関わるな。
この子達に。俺に。俺は絶対にこの子をお前に渡さない。
どうか、関わってくれるな。
俺はお前に何も望んでない。
――――――今も昔も。何も。何一つとして。俺の望みはけして叶えられないと知っていたから。
「…………、」
食堂に足を踏み入れた瞬間、何とも言えない視線が突き刺さった。
けして好意的とは言いがたい数々。あからさまな警戒、敵意。
原因は直ぐに分かった。
食堂のカウンター近くには、ユウと、そして子供達の姿。直ぐ傍にいたジェリーとリンクの視線は戸惑っているようにも見える。
何人かが、ザッ、と動いた。
バラバラに座っていたはずの彼らはさっ、とユウ達の近くに集まり、まるで人垣みたいだ。
――――――近寄るな、そういう事だろう。
「…………」
無理に近づく事は憚られて、俺は遠目にその集団を眺める。
「…………この状況で平然としていられる君の精神力には感服します」
ぽつり、とアレンが隣で呟いた。
「この位面の皮厚くなきゃ、ブックマンなんて務まらないさ。…………何か貰いに行ってるかな」
「…………」
アレンは相変わらず、非難も肯定もしなかった。
お前に知られちゃ困るんだよ、ウォーカー元帥。
たった今俺の手が震えてる事も、心臓が破れそうなくらいに五月蝿い事も。
知られちゃ、困るんさ。
俺とアレンが全く平穏じゃない時間を過ごしている間にユウは子供達二人を連れて食堂を後にした。
出て行く瞬間の息子の目は激しい憎悪を、娘の目は戸惑いだけを浮かべている。
何気なさを装って――――――ポーカーフェイスは苦手じゃない、たまに崩れるけれど――――――、紅茶を一口。周囲の目にはふてぶてしく写っているだろう。アレンが傍にいることに感謝した。一人だったらさぞかし面倒な絡まれ方をしただろう。
アレンはあの三人を見た俺のリアクションを待っているみたいだけど、分かるようにそうと示すつもりはない。それはブックマンとしてのプライドや矜持ではなくてただの意地だった。
どうしたものか、と思う。
無論最善は分かっていた。どうせそれ程此処に長居はしない。エクソシスト同士の子供、特に「セカンド」の子供とはいえどもあの二人の事など敢えて記録するようなものじゃない。精々「セカンド」にも繁殖能力はあった、付け加えるならその位だろう。何か余程珍しい特性でも持っているのなら話は別だけど。
つまるところ、放っとけばいい筈だ。それで三方丸く収まる。アレンはそう望んでいる訳だし、ユウも、あの感じからするにそれを望むだろう。そもそも今現在俺はユウにどう思われているのか分からない。まぁ少なくとも好意はないだろう。理由は十分に理解している。
――――――解っているのにそれでもその最善を取れそうにない俺は、恐らく愚かだろう。
俺もアレンも紅茶を飲み終わった頃に、アレンが無線で呼び出された。人が多くて厄介ごとに巻き込まれそうな食堂に居続ける気にはならなくて、さっさとそこを後にする。
夕飯時にでもまた、と言い置いて去っていくアレンは含んだ目で俺を見ていた。多分俺はアレンの想像通りの事をするだろう。
が、しかし、どうしたものか。
俺がこのままユウの部屋に――――――そもそも今現在もあの部屋かは分からない、子供と三人で住むには手狭だろう――――――行ったとしても、恐らく叩き出されるのがオチだろう。いやそもそもマトモに考える頭があれば、ドアすら空けないのが正解だ。
つらつらと考えながら先程説明された団員の居住エリアへ足を向ける。相変わらず薄暗い階は記憶の中の昔のそれと大差ない。今はどこと無く気が滅入る。
さて、目的の場所を探そうか――――――と思った矢先だった。
部屋から出てきて、そしてドアに鍵を掛ける、そんなユウを見たのは。
瞬時に喉が渇くのに掌は濡れる。馬鹿みたいな緊張に自分で呆れて。
――――――それから覚悟を決めて、彼女を呼んだ。
「ユウ」
思ったより大きく廊下に響いた俺の声に、彼女の動きは一瞬止まった。
その一瞬の後に、ゆっくりとした緩慢な動きで彼女が俺を見る。
視線があった瞬間背筋が泡立った。
当初予想していた罵倒も何も無かった。
ただ暫くの沈黙の後、一声。
「何用だ、――――――ブックマン」
冴え冴えと冷えた声が、響いた。
彼女だけは「ラビ」とは呼ばない。
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