あいつの言う『愛してる』なんか一度だって信じたことはなかった。
(ずっと昔から知っていた。いつか「こう」なる事を。)
『神田、――――――ラビとブックマンが…………!』
あいつらが消えたのは俺が任務に出ていた間。
残されたのはブックマンからの、規約に基づいて此処を去る旨が記された手紙が一つ。
ラビからは誰宛にも、何もなく。
(知っていた、こうなる事を)
(何時からアイツは俺を見なくなった)
(だから気付いていた、別れが近い事に)
――――――そもそもが。
『ラビ、あの小娘を篭絡してこい。――――――アレは人造の使徒、セカンド。口を開かせることが出来れば多くの物を得られるだろう』
『マジで? んー、でも難しそーさ、だって神田俺のこと嫌いっぽいし、そもそもガード硬そうだし』
『未熟者が。その程度の手管、仕込ませただろうが』
『…………』
俺の知っている、過去の教団の行ったことの情報が欲しいだけだったのは、最初から知っていた。
(だったら最初からそう言えばよかったんだ、セカンドエクソシストの話を、アジア支部壊滅の話を、アルマの話を聞かせろと、そう言えば!!)
けれど愚かだった俺は――――――ブックマンの言葉を借りるならばまさしく「小娘」だった――――――、アルマを彷彿とさせるように良く笑い(それは時折作り物のようだったけれど)、俺の後に纏わり付き、そして俺の名を呼ぶアイツに篭絡されるのに、それ程時間は掛からなかった。
愚かだとはその頃ですら気付いていたのに、止められなかった。
当時は認められなかったし、そんな物が自分の中にあるなどと考えもつかなかったが、――――――俺はただ、寂しかったんだろう。触れ合う熱など失ったアルマのモノと、師と兄弟子のモノしか知らない。その頃には師と離れていた俺は随分長く一人だった。それは周囲に壁を作る自分の性格が原因だと分かってはいたが。
今なら素直に認める事ができる。それ以上に、自分が愚かだったことも。
だから。
『――――――っ、う、…………っ!?』
『! 神田? どうしたの!?』
(気持ち悪い、気持ち悪い、吐きそうなんだ、)
『――――――ぇ、っ、』
『兎に角、医務室へ…………っ!』
その結果が愚かだった俺の末路であるならば、俺はただそれを受け入れる他無いのだと分かっていた。
「何用だ、――――――ブックマン」
改めて「そう」呼ばれ、背筋にぞくりと何かが這う。
「…………、久しぶり、さ」
「あぁ。先代と此処を去って以来だな」
会話を拒否される事はなく、ただ淡々と返事が返って来る。
激高された方がいっその事楽だ、宥めればいいのだから。でもこれは。
「…………」
「――――――、」
無言の後に、覚悟を決めて。
「子供が、出来てたって」
「それがどうかしたか?」
「どうか、って」
「お前が知っていたなら、何か変わったのか? ブックマン」
「…………っ!」
淡々と続けられる言葉は別段責める響きも何も無い。けれど。
「お前には無関係だ。放っておけ」
「ユ、」
「…………俺の知ってる『ラビ』は、ブックマンの跡取りで、それを望まれてて、本人もそれを望んでた」
食い下がろうとした俺に届いたのは、それは冷たくはない、けれど乾ききった台詞。
一つ溜息を付いたユウが、
「別段隠し立てするつもりなんか無かった。俺が気付いた頃にお前達が居なかった、ただそれだけだ。――――――そもそも、俺が孕もうが孕んでなかろうが、それを知ろうが知るまいが、どちらにしろ選んだ道は同じだろう?」
「、」
「自分の子供と、ブックマンJrとしての立場。『ラビ』がどちらを選ぶかなんて、最初から分かってた。聞くまでもねぇ」
「――――――っ」
それは、だけど、でも。
――――――事実、だ。
仮にユウが身篭ったことを知っていたとしても俺はきっと、ジジィについて此処を出た。ユウを、子供達を、捨てた。それは寧ろ知らないよりも酷い事だ。
それがブックマンの跡継ぎとしてのあるべきだったから。誰かに心を移すのは、あってはならないことだったから。
何度ジジィに聞かれたことか。「本気か」と。
その度に俺は何て答えた?
『本気になんてなる訳ないし、其程馬鹿じゃないさ。――――――アレは、性欲解消の手段なんだから』
そう嘯いたのは、俺自身じゃないか。
「俺はあの頃も、今ですらも。全てを知っているなどと世迷い言をほざくつもりはないが。――――――だがお前達が考えてるよりは、知っている」
好意の反対は憎悪じゃない、反対は――――――
「俺から得たセカンドの情報は、お前達の中でどう記録されてるんだろうな」
「!」
「勘違いするな。別にお前やブックマンを恨んだ事なんざない。恨むんだったらお前の目的を知っていたのにお前の手をとった16の頃の自分の愚かさだ。――――――思えば随分分別のないガキだったな」
さぞやお前達から見れば御し易く、愚かな小娘だっただろう。
ユウの呟きはあくまでも乾いた、――――――無関心さすら感じるような程温度のない声。
俺がいよいよ返す言葉も無くなり沈黙していると、ユウはその沈黙をどう受け取ったか。
「…………あぁ。心配するな、お前に親の責任なんて何一つ取らせようと思ってない。教団の中で俺が誰の種で孕んだか知らない奴はいなかったが、知らんぷりしとけばいいだけの話だろう? 人間も随分入れ替わってきてる事だしな」
その位朝飯前だろう? ブックマン。
続かなかった言葉の続きが聞こえた気がした。
「…………二つ、言っとく事がある」
声音が、変わった。
これまでの温度も無い乾いたものから、まるで氷のように冷え切ったモノへと。
「『俺の』子供達にちょっかい出すな。あの子達に何かするならお前は敵だ。排除するのに容赦はしねぇ」
「ユ、」
「それから。…………どの位此処にいる気かは知らねぇが、教団滞在中の都合いい性欲処理の相手を探してるなら他当たれ。俺はお前の相手になるつもりは無い。――――――流石に人の親になってまで分別がつかない訳じゃねぇぞ」
「…………」
カツ、ン。
言いたい事は終わった、そんな顔でユウは歩き出した。
俺の隣をすれ違っていく瞬間、もう俺の事なんて見てなかった。
何か当初の予定より大分神田嬢がツンなんですが。
どうやら七年前も余り幸せではなかった様子。でもラビはラビなりに悩んで教団を出たんですただそれが見えないだけで。
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