『神田、大丈夫ですか?』
『…………お前には関係無い』
病室のベッドの上。
気遣わしく覗き込んでくるモヤシに、俺の反応は可愛げがない。そもそも護衛させておいて「関係ない」とは何様のつもりかと、後から思う。
だがモヤシは俺の態度に気を悪くした様子もなく、
『勿論当事者じゃないですけど。けど、心配なんです』
『…………』
俺が、今は居ない男の子供を孕んでいると知れたのは三ヶ月前。周囲に知られるのと俺が知るのは同時だった。知るまでの数ヶ月、半ばヤケになって任務の出動回数を上げていたのにも関わらずよく無事だった。労りにもならないだろうが、自分の腹に触れる。
教徒の模範となるべき聖職者、神の使徒なのに、とバチカンからの使者には散々責められた。堕落である、汚らわしい、そう何度貶められたか分からない。それでも孕んだ子を殺せと言われなかっただけマシだ。
バチカンは教義で堕胎を禁じている。婚前交渉も論外だがそれ以上に堕胎は厳禁――――――故に子供を産むことは許された。
だが、だからと言ってエクソシストとしての任務を免除されることはなかった。正しく言えば、エクソシストとしての任務をこれまで通りこなせないなら流産してしまえ――――――そういう事だったんだろう。コムイ達がどうにか俺に任務を回さないようにと気遣えばバチカンの横槍が入った。
自分から任務を希望して出れば今のこの始末。切迫流産寸前だ。同行したミランダが真っ青な顔をしていたのをふと思い出す。
医師からは絶対安静を言い渡された俺は対外的には任務により重傷を負った、ということらしい。でなければバチカンがまた五月蝿い。
俺の見張り、という名目の護衛のモヤシはベッドの隣で椅子に掛けている。
その視線は大きくなり始めた俺の腹だ。医師によればそこにいるのは一人じゃないらしい。最近腹の中で動くのが分かるようになって、それで漸く改めて此処に「人」が入っているんだと理解した。
胎動をリナリーやモヤシに教えたら何故か我が事のように喜んでいた。良く分からない奴らだ。
『このまま、出産まで休めるといいんですけどね』
『バチカンが五月蝿ぇだろ』
『もう次に何か言ってきたら、実力行使に出ます』
『…………変な奴だな。他人事なのに』
心底そう思う。
リナリーやモヤシや、他のエクソシスト達がどうしてここまで絡んでくるのか本当に分からない。室長であり俺の監督責任を問われかねないコムイならばまだ分かるが。
『そんな風に思ってるのは、君だけです』
いっその事、エクソシストと言えども所詮は男に捨てられた馬鹿な女だと嘲笑われた方が理解できた。反論も、異論も無い。紛れも無い事実だ。
労られ、守られる事には慣れていないし理解も出来なかった。けれど、それが同時に酷く心地良いなどとは口が裂けても言えはしない。そんな「ただの女」のような感情、矜持に障る。
と、腹の子は俺の感情が荒れたのに気付いたか、まるで抗議するかのようにドン、と衝撃を与えてきた。
『、』
『どうしましたか?!』
内側から蹴られれた衝撃に一瞬息を止める。と、目敏くそれに気づいたモヤシが声をかけてきた。
『何でもない。…………中で、動いただけだ』
『あ、』
俺の答えに安堵したように笑う。笑う。笑う。何で、どうしてお前が?
『ねぇ神田。お腹、触ってもいいですか?』
『…………勝手にしろ』
思えば、この頃からあいつは俺の身近にいたんだった。
「…………神田?」
「…………あ、あぁ。すまない」
俺と子供達に寝る前の茶を持ってきたアレンは俺の心がそこになかったのに気付いたか声を掛けてきた。
「少し、昔のことを思い出していただけだ」
子供達は既に寝室に居る。二人の部屋は廊下からの出入りは不可能で此処俺の部屋と繋がるドアしか無い。度重なる誘拐の為の襲撃から二人を守る為の措置だった。俺の部屋を通って浚いに行くというならば俺が命に変えてでも守るまでだ。
「今日は色々ありましたからね」
その色々の中身に苦笑めいたものを口の端に載せる。
あぁ、本当に全く、
「思いも寄らなかった。アイツが帰って来るなんて」
「…………ラ、いえ、ブックマンと話をしましたか?」
「…………あぁ。少しな」
話と言うよりは一方的に吐き捨てただけだ。
子供達に近寄らせたくない。特にコウには。絶対に、あいつに知られちゃいけない事がある。
単に若い頃の過ちというだけであればあいつだって早々手を出して来ない事は分かっていた。子供達に手をだすメリットは何も無い。好奇心があったとしてもそれだけで俺達を敵にまわすほど愚かではないだろう、中立と傍観を主義とするブックマンともあろうものがだ。
だが、しかし。
もし、「あれ」を知られたら。
多分、ブックマンはコウを連れていこうとする。俺から奪って、俺の子を。あの子が大人しくそれに従うとは思えないけれど、それでもそんな事を考えられるかもしれないという事が既に苦痛だ。
――――――そんな事、絶対にさせてなるものか。
膝の上で強く手を握る。
と、アレンが俺の手に手を重ねてきた。
「…………大丈夫。貴女は一人じゃない。僕も、あの子達を護るから。何者にも、貴女からあの子達を奪わせたりしない」
宥めるように降ってくる声。
俺が焦っているのを知っていて、きっと落ち着かせようとしている。
その手を握り返しながら、呟いた。
「…………絶対に、」
渡してなど、なるものか。
「兄様? どうしたの?」
「何でもない、早く寝ろよユイ」
「…………はぁい」
寝付けずにベッドの上で座り込んでいると妹が心配そうに顔を覗き込んできた。
何でもないから、と誤魔化して――――――どうせ気づいているだろう、ユイは無知ではあっても鈍くはない――――――、ベッドに入る。早く寝ないと母上に叱られるのは俺も一緒だ。
だけど、左目が疼いてそれどころじゃない。術で封じ込めた筈のものが綻びはじめている。きっとあの男の所為だ。多分あの男の近くに行くと、「引きずられる」んだろう。疼きは今朝教団前で対峙した瞬間が一番強かった。
(明日、元帥に相談して、)
クロス元帥に連絡してもらって、もう一度封じてもらおう。
要らない、こんなもの。
あの男から引き継いだものなんて、何一つ要るものか。
全体的に不穏。
2011神田誕生日記念特設ページへ
小説頁へ