もう七年も前の事だ。この牢獄のような教団の中で、二人の子供が生を受けたのは。 自分には関係などなかった。 「…………ったく、次から次へと面倒事ばかり起こしやがるガキ共め」 不満気な台詞は煙と共に吐き出された。 「…………」 教団の一角。元帥以上の人間の居住エリア。其の中の一際豪奢に飾り立てられている、聖職者には凡そ相応しくない其の部屋の主は、ただ一人の招聘が無い限り姿を現すことはない。 「そうだな。封印が綻び掛けているのに気づいていたのにも関わらずブックマンに近寄ったのは、お前の落ち度だ」 きゅ、と口を真横に引き結ぶ子供を前に、部屋の主――――――今は大元帥の称号を有するクロスは、大袈裟に溜息を付いてみせた。 「まぁ、いい。取り敢えず封じてやろう」 応える子供の眼は、鮮やかな翠。 子供が持っていたのは運良くというべきか、悪くというべきか。父親の血筋を現したといえる能力だ。 ただ分かっているのは、かの一族にとっての後継者に必須であるのは「眼」で、その「眼」は血族であったとしても容易には発現せず、それ故に彼らは隠れ里で群れて暮らし、血族を絶やさぬようにしているという事だ。 「お前なら、早々拐かされる事も無いだろうがな。多少の実力行使は覚悟しておけ」 凡そ子供に似つかわしくない言葉は、母親に似たのか。 「俺は別に止めんがな。ブックマンは、弱かねぇぞ」 午後の仕事を片付けて、これから神田の所へ向かおうという所で、難しい顔のリナリーに声をかけられた。 「コウ君の事なんだけど」 産まれた時から施している「眼」の封印が綻んでいるという事で僕が師匠を呼んだのは今日の昼過ぎ。 「…………実は。昼頃、ラビと会ったの」 ひゅ、と喉が一瞬鳴った。 「分かりました。警戒、します」 どうしたものか、僕も悩む。 「リナリー。もしもの時には」 言葉には、最早迷いがない。 「…………心強いですね」 何か仕掛けてくるなら、神田と子供達に害を成すというなら。 「全力で、排除します」 理想を言えば、手に入れたい。 「…………ユウに、恨まれるんだろうけど」 恨まれるなんてレベルの話じゃないだろう。あの牽制は、今から考えれば知っていたから、俺があの子供が、息子がブックマンとしての素養を持っていると知れば奪いに来るだろうと分かっていたからこそだろう。 高齢だった事を踏まえても、ジジィは俺の存在を重要視していた。それを理由にユウに牽制を掛けたのも、知っていた。「次」は無いと分かっていたからだろう。 「…………殺し合いになるのは勘弁、さ」 宛てがわれた部屋の中。
教団の持てる技術の粋であるセカンドエクソシストと、教団から見ても未だ謎の多いブックマン一族との血を引く子供達。その奇特な存在に、バチカンからは産まれた子供はそもそも「人間」として扱うべきなのかという疑問の声すらあったと言う。
当初子供など流れてしまえと言わんばかりの対応を取ったバチカンは、いざ子供が生まれるなり其の掌を返した。――――――勿論悪い方にだ。
体の良い、実験体に。如何にバチカンがセカンドエクソシストを、そして婚外子、不義の子を低く見ているかという例だろう。
子供の母親は同僚の弟子だったが、それだけだ。結果として捨てられた形の女に不憫を覚えない事も無かったが、子を産む選択を取ったのは本人だ。もっと易しい選択もあったのだろうに。
それがこうも関わるようになったのは自分の弟子が何時の間にか、この子供の父親になりたいと願うようになったからだろう。
俺も大概甘い、と苦笑して。
「よりにもよってブックマンにバレてりゃ世話ねぇな」
「…………失敗、しました」
「…………」
「…………ありがとうございます、大元帥」
その色に、クロスは目を細めて、子供の血統上の父親の姿を思い浮かべる。まぁ良くも似たものだと、考える。
「…………んで? お前はどうするんだ?」
「どうする、とは」
「ブックマンが気付いたんだ。お前を放っておきはしないだろう」
「従う理由も義理もありませんが」
彼らの「眼」については、未だに詳しくは分かっていない。子供が弄くり回されるのを嫌がる母親の事もあり、調べてもいなかった。
故に、「眼」を持つ子供は彼らにとって得がたい存在。
先代も九十年近くブックマンとして存在したが、その年月の中で「眼」を持って後継者となりえたのはたったの二人だったという。一人は現在のブックマンだ。
わざわざ術で封じたのは、一つはバチカンへの対策、もう一つはブックマン達に対する対策だった。
「何か仕掛けてくるなら、殺します。仕掛けてこなくても殺します」
「アレン君、ちょっといい?」
「リナリー?」
「? はい」
何処に居たのかという追求は最早無意味と化している師匠はコウを連れて部屋に篭っている。
神田は昼食の時間から元気のない様子だったユイを心配して部屋に戻っている筈だ。
「…………はい」
「その時、コウ君が来て。――――――「眼」の事、気付かれたと思う」
「――――――!」
――――――あぁ、どうしてこうも!!
「えぇ」
「神田にはこの事は」
「…………まだ言ってないわ」
知れば神田の心労は増えるだろう。
過去は過去として片付けているとはいえ、ブックマン、いや、ラビが敵に回るというのは彼女にとっては悪夢のような話の筈だ。
それよりは、僕らで護る方が、彼女の精神的には良いだろう。
「私は神田に味方するわ。今迄も、これからもね」
其の時は。例え肩を並べて戦った事のある彼と言えども。
自分と、ジジィ以外で「眼」を持った人間を見つけたのはこれが初めてだ。
俺の前にも一人、早世したブックマンの後継者がいたらしいけれど、生憎と面識はない。深くは聞いてないけど、多少は俺やジジィとも血の繋がりのある人間だったんだろう。
「眼」を持つ子供は、貴重だった。血族の子供全員が持つ訳では勿論無く、寧ろ確率としては非常に低い。世界中の事を記録するのと同様に、後継者を確保するのもまたブックマンとしては重要な使命だった。どれ程記録を残そうとも、それを受け継がせる相手がいなければ無意味だ。
けれど、現実にはそれは非常に難しい。まず、保護者が頷かない。絶対に。この教団を敵に回すことになる。確実に。本人が頷かない。当然に。
――――――もし本気で行くなら、寧ろバチカンに幾許かの情報と引き換えにと交渉する方が成功率は高いだろう。子供の所属がどうなっているのかは知らないけど、子供の剣はイノセンスだった。つまり彼は適合者で、最終的にバチカンに帰属する身分の筈だ。
ノアの一族との戦局は此処数年小康状態だ。何人かのノアは滅ぼされ、転生を待っている、言い換えれば敵は戦力を欠いた状態だ。
俺だって同じだ。まだ若いとはいえ、これから何人後継者になる人間を見つけられるのか、そもそも必ず見つかれるという保証もない。
溜息を付いて、見つめた鏡の中の自分の目は、酷く剣呑な色をしていた。
息子の尊敬してる人:母親・アレン・クロス。気になってる人:リナリー。
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