家の中は結構広かった。

「そっちの右側が空いてる部屋だ、好きに使え。クローゼットも空だから荷物入れていいぞ」
「うん」
「何か食えないもんはあるか?」
「…………わさび」

 あんな辛いもの、嫌いさ。

「わさび? まぁ…………いいけどな。取り敢えず荷物仕舞ってこい」

 促されて、俺は荷物を抱えて部屋へ向かう。
 ふと気配を感じて後ろを振り向くと、俺が持つのに苦労してたスーツケースをいとも簡単そうに片手で持ち上げているのを見てしまって男としてのプライドってものにちょっとだけヒビが入った。筋骨隆々な相手ならまだしも、あんまり俺と変わらないような体型なのに。
 右側の部屋のドアを開けるとそこは宛らビジネスホテルのシングルルームみたいだった。ベッドと、造り付けのクローゼットと、それからあんまり大きくはないけど机が一つ。

「此処でいいな」
「あ、うん」

 そう言ってスーツケースを下ろした相手にそうだ忘れてた、と慌てて声を掛けた。

「お兄さん、名前何ていうんさ?」

 そう声を掛けると部屋から出ようとしていた相手は振り向いて、ニッ、と笑った。

「お前賢いな、お姉さんっつったらぶん殴ったところだ」
「ハハハ…………」

 …………あるんだろうな、そういう事。確かに分からんでもないさ。

「神田だ。神田ユウ」
「じゃあ、ユウ兄?」
「…………。まぁ好きに呼べ」

 俺が選んだ呼称はあんまり気に入らなかったのか、一瞬の間があってからそう返事が返ってきた。
 じゃあ何て呼べばいいんだろ…………。

「片付けたら居間に来い、何か飲むだろ?」
「うん」







 それから俺はコーラを出してもらって、それを飲みながら色んな事を聞いた。
 情報はあるに越したことはない。向こうは俺の事をある程度聞いてるみたいだけど俺の方は名前さえ知らなかったんだから。
 そして俺はユウ兄が俺の6つ年上で21歳、近くの体育大学の学生であること、父親のティエドールさん(ヒゲもじゃのおっさんだ)が名の知れた画家であること、うちのジジィが彼の描く絵の熱心なファンで収集家である事、そしてその縁で親しくなっていた事などを聞いた。
 成程、時折掛け替えられている家の絵画は、ティエドールさん作なのか。家の中を見回せば、確かに見たことある作風の絵が掛かっている。
 そして絵に混じって掛けられた一枚の写真。男だけで、五人写されている。ティエドールさんと、ユウ兄と、知らない誰か三人。
 会話が途切れた時にじっと見ていると、視線に気付いたらしく、

「ん? …………あぁ、写真か…………」

 振り向いたユウ兄は写真を見て納得した顔をした。

「あれ、誰?」
「兄貴達。今は誰も家にいねぇ」

 …………。似てねぇ…………。でも一番大きな人は見たことがある。誰だっけ、何処で見たっけ、と考えてると、

「ノイズ・マリって知らねぇか? 最近ニュースで出てるが。今は欧州回ってるけどな」
「あ」

 そうだ。著名な盲目の音楽家だ。
 何か欧州の音楽界の栄誉ある賞を貰ったとかで、ツアーの真っ最中の筈だ。チケットがプレミア付いて、ネットオークションとかで凄い金額になってるっていうのをニュースで見た。
 俺が見たことがある事を告げると、ユウ兄は「だろ?」という顔をした。少しだけ誇らしげな表情が兄弟仲は悪くないことを示しているようで、一人っ子の俺は少しだけ羨ましく思う。

「他のお兄さんは?」
「二番目のチャオジーは遠い大学、俺の直ぐ上のデイシャはサッカーの強化合宿中」
「へぇ…………」

 随分と色々だ。違うのは方向性だけじゃないみたいさ。
 
「そうなんだ…………」
「まぁ、お前が入る間は誰も帰ってこねぇよ。広く使え」

 空になったグラスの氷を頬張ると、ユウ兄は少し笑った。




 早くもこれがクールかどうか悩ましい所になってまいりました。
 四兄弟の末っ子神田は実はちょっとだけ弟が出来たみたいでテンション上がってる。
 分かり辛い。


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