俺が此処に来て、五日経った。
「ただいまー」
「おう」
図書館で課題をこなしてきた俺は、キッチンを覗く。
図書館通いの理由は、別に気にしなくて良いとは言われてるけどやっぱり日中エアコンとかを使うのが申し訳ない気がするからだ。
ユウ兄も昼間は大学に(大学も夏休みだけど)行ってるし。
「今日の晩ご飯は?」
「蕎麦」
「また!?」
五日の内、実に三日の晩ご飯が蕎麦だった。
ユウ兄が自分で打って自分で茹でて、汁まで出汁から取るそれは確かに美味しいけど。
「またとか言うな、体に良いんだぞ」
ルチンとかアミノ酸とか色々会った気はする。
言いながら振り向いて俺の額を小突いたユウ兄はふと気付いたように目を細めた。
「?」
「お前、鼻の頭焼けてるぞ」
「え」
マジで?
此処から往復三十分自転車漕いでる位なんだけどなぁ。
あ、でも昼は食べに戻ってるから一日二往復で一時間だ。そう考えると結構外にいるもんだ。
「シャワー浴びて、ついでに冷やしてこい。トナカイになるぞ」
「真っ赤なお鼻…………」
小さく笑ったユウ兄に促されて、俺はシャワーを浴びに風呂場に向かった。
風呂場から出るともうテーブルの上にはすっかり食事の準備が整っている。
髪を乱暴に拭って急いで椅子に座った。蕎麦も茹で立てが一番美味しい。
いただきます、と手を合わせて箸を取った。
「お前、何時も寝るの何時位だ?」
「え? うーん…………十二時位?」
蕎麦を食べながら訊かれて一瞬考え込む。
何時も寝る前に時計なんか見てないから、多分だ。
「そうか。これから客が来る。まぁ騒ぐような奴じゃねぇけどな」
「分かった」
客…………。誰だろう。
大学の人?
首を撚るも答えは出ず、俺はやがて始まったテレビ番組に気を取られてその事を綺麗サッパリ忘れ去った。
支度を手伝わなかったから代わりに片付けを申し出て、食器を洗う。ユウ兄は火の近くに居たから汗だくで、シャワーを浴びに行った。
そう言えば汗をかいても全然嫌な匂いがしないのはどういう事なんだろう。
イヤホンを耳に突っ込んでMP3で気に入ってる洋楽を掛けながら大量の泡で食器を洗う。
と、だ。
陽気なギターサウンドの合間に、小さく変な音が聞こえた。
「?」
泡だらけの手でイヤホンを抜いてみる。
その変な音の正体は、チャイムだった。
「っと、やべっ」
確実に鳴らされたのは一度じゃない。
慌てて水で手の泡を洗い流し、小走りに玄関へ。
「はいはいはいーっ!」
「もう、遅…………、え?」
相手を確認しないでドアを開くと そこに居たのは長めのボブの、綺麗なお姉さん。
「…………あら?」
お姉さんは一度体を引いて、ドアの外を見る。表札を確認したみたいさ。もう一回ドアの中を覗き込んでくる。
「あの…………あなた此処の子?」
「や、違います…………」
「そうよね。そうに決まってたわ。神田に弟がいるなんて聞いたこと無いもの」
「あ」
この人、ユウ兄のお客さんかも。
だからといって家主の許可なく勝手に家に上げることも出来なくて、俺とお姉さんは互いにその場でおろおろする。
すると、奥から声がかかった。
「リナリー?」
「! 神田!」
「どうした、入ってこいよ」
「えっ、と」
ちら、とお姉さんが俺を見る。
家に入るのに邪魔、漸くそう気付いて俺は慌てて壁にビタンッ! とくっついた。
特に怒ってる様子もないお姉さんはそんな俺を見てクスッと笑う。
「お邪魔します」
そう言って入ってきたお姉さんの後に続いて、俺もリビングに向かった。
「何か飲むか」
お姉さんがリビングに入るとユウ兄はガラスのグラスを二つ出していた。
「もう。シャワー浴びてたの?」
お姉さんはユウ兄の濡れた髪を見てそう訊ねる。
「あぁ。この暑さだぜ、火なんか使うもんじゃねぇな」
「外もまだ暑いわよ」
随分親しそうな感じだ。俺は撤退したほうがいいかも知れない。
そろりそろりと後退っていると、お姉さんが不意に俺を見た。綺麗な漆黒の髪と目は、何処かユウ兄に相通じるモノがある。
「神田、あの子は…………?」
「あぁ、ラビっつって、俺のジジイの知り合い筋からの預かりもんだ。夏季休業中はずっと此処に居る」
「そうなの。…………ラビ、私はリナリー・リー。神田と同じ大学に通ってるの。宜しくね」
「あ…………、ラビっす」
先に差し出された白魚みたいな細くて綺麗な手をおずおずと取る。するとお姉さん、リナリーはニコッと笑った。
思わず顔が熱くなる。
「先部屋行ってるぞ」
「あ」
ユウ兄はグラス二つを持って、さっさとリビングを後にする。
リナリーはその後を追って、ドアの向こうに消えた。
リナリー登場。
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