「…………え?」
「知らない、そんな奴ら。…………誰だ、お前ら」
まるで漆黒の硝子玉みたいな瞳で、神田は僕らを見る。その目には僕らに対して何の感情も浮かべていない。
それが何故か酷く恐ろしかった。
「…………。この二人は君と同じエクソシストだよ」
「…………エクソ、シスト」
鸚鵡返しに呟く神田はその意味を理解しているようには、とても見えなかった。
「コムイ」
ラビがはっきりと眉根に皺を作ってコムイさんを呼んだ。説明を求める表情だ。
コムイさんは「直ぐ戻るから、お願いするよ」と医師と婦長さんに言いおいて僕らを手招きして外へ出た。
ドアを閉めて溜息を吐いてから。
「所謂記憶喪失だ。…………頭部への衝撃の所為だろう。自分の事も、良く分からないみたいだ」
「それって結構な重症じゃん」
「あぁ。…………医師の所見によれば脳にダメージが有るようには見えないとのことだから、数日もすれば戻ると…………そう信じたいけどね」
「…………」
あぁ。駄目だ。頭が真っ白で、何も入らない。ラビとコムイさんのやり取りが何処か遠い所でやってるみたいだ。
「外傷は無いから直ぐにでも医務室は出てもらってもいいんだけどね…………。二人共、神田君のフォローを頼んだよ」
「了解。…………早く戻りゃいいんだけどな。…………アレン? おーい、アレン?」
「…………え、あ、はいっ!?」
ラビが僕を不思議そうに見ている。コムイさんはまるで僕を宥めるような声で、
「あまり気にしなくて良いよ。鍛錬中の事故だ、仕方ない」
「…………はい」
気にしろと言われても困るけど気にするなと言われても困る。
神田の病室に戻っていくコムイさんの背を見送りつつ、そんな事を思った。
次に神田の姿を見かけたのは翌朝だった。
食堂に行ったらそこには既に彼が居た。
だが特に何も注文していないらしく、何も持たないままテーブルの隅に座ってボンヤリしている。怒鳴り散らされても困ると遠巻きに彼を見る探索部隊の人々も訝しげだ。
「…………神田?」
「…………、」
恐る恐る話しかけてみると(記憶が戻ってれば彼は僕に向かって即座に六幻を抜きかねないからだ)、一拍以上の間を明けてから神田が僕を見た。
無言。それにその手は全く動かない。
「えーっと。…………具合はどうですか」
「…………別に…………」
別にって君…………。
駄目だ、何時もよりも尚会話が成立しない。
「…………一人ですか?」
「ラビ、とかいう奴に連れてこられた」
「ラビに?」
「とかいう奴」という言葉に彼が全くラビの、そして当然僕の事も覚えていない事がよく表れていると思う。
「そのラビは何処に行ったんです?」
注文してるのかな、とカウンターを見たけれどそこにも居ない。寧ろ食堂の中に居ない。
「誰か、知らない奴に連れていかれた」
「どんな人?」
「小さい、爺さん」
「あぁ…………ブックマンですか」
「ブックマン、」
鸚鵡返しに呟く神田は心当たりも無さそうで。
「…………。神田、僕の事分かりますか?」
「知らない。昨日コムイが何か言ってたが忘れた」
…………。
「アレン・ウォーカーです。君と同じエクソシストです」
「…………」
そして君の記憶を奪った張本人です。
とは流石に怖くて言えなかった。だって死にたくない。神田が記憶を失っているからって彼の性格が変わっているとは限らないんだから。
「改めて、宜しく」
――――――呪われてる奴と握手なんかするかよ――――――
昔、初めて教団に来たときに容赦なくぶつけられた暴言じみた彼の言葉をふと思い出す。
予想したのはそれと同じ反応、もしくは無反応。
けど、予想に反して。
「…………。あぁ」
神田はちょっとだけ手を伸ばして僅かに僕の手に触れ、離した。
「…………えっ」
自分から手を出したのに思わずうろたえた僕に動じず、神田は無表情なまま言葉を続けた。
「…………『俺』は、お前を何て呼んでいた? アレンか、ウォーカーか」
いいえ、モヤシです。
…………けど何も由来を考えるのも不愉快なあだ名で呼んでもらう必要はない。
「アレン、と」
「そうか」
僕の嘘に神田は素直に、そう、驚くほど素直に頷いた。
「さっきラビが、」
「?」
「お前を何と呼んだらいいと聞いたら、ジュニアかラビと言ったから、ジュニアと呼んだ」
「…………はぁ…………」
まぁ確かに初対面の時そう自己紹介してた気がする、ラビ。
「でもそうしたら、何やら微妙な顔をされた。ジュニアとは何か不名誉なあだ名なのか」
「いやそんな事は…………」
不名誉なのは僕の「モヤシ」だろう。
「単に、呼ばれ慣れていないだけじゃないですか? 君は何時もラビって呼んでましたから。それか馬鹿兎とか」
「…………馬鹿兎…………?」
怪訝そうな表情で神田は首を傾げる。何だろう、違和感というか、何というか、微妙だ。こんなに素直に怒り以外の感情を表す彼を僕は知らない。やっぱり記憶を失っている所為だろうか、それともひょっとして彼は僕以外には元々こんな対応だったんだろうか。――――――いや、無いな。
「取り合えず、何か食べません? 持ってきますよ」
「…………あぁ」
またしてもこくりと頷いた神田にざわざわと違和感を感じながら、一向に注文に来なかった神田を訝しげに見ていたジェリーさんの元に向かった。
自分のあだ名は教えないけどラビのあだ名は教えるアレン様。
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