昼食前、昨日の反省の元に一人で筋トレしていた僕は一通り満足するメニューをこなし、自室に向かっていた。その道すがら、何となく神田を送り届けておいた医務室に立ち寄ろうと思い足を向ける。
 と、個室の前には先客がいた。思わず気まずくて角に隠れる。先客は任務に出ていた筈リナリーだった。戻ってきたんだろうか。…………そのリナリーは顔を覆ってすすり泣きながら、傍らにいるコムイさんとミランダさんに宥められている。

「…………」

 コムイさんが何か言い、頷いたリナリーとミランダさんは神田の部屋前から三人で立ち去っていく。
 彼らの背中が見えなくなってから、角からでて神田の個室前へ。軽くノックして、

「神田、入りますよ」
「…………」

 返事が来る前に、ドアを開いた。
 神田はベッドの上に半身を起こしている。無表情の中にもどこか痛みを湛えたような視線はシーツの上だ。

「…………どうかしたんですか?」
「…………。さっきまで、コムイの妹が来てた」
「リナリーですね」
「…………覚えてない、知らないっつったら、泣かれた」
「…………」

 リナリーと神田は付き合いが長いという。
 コムイさんが本部に来る前、誘拐同然に連れてこられた小さなリナリーの心の支えになったのは神田なのだと何時だったかリナリーがこぼしていた。
 ショック、だろう。
 そして思い知る、神田とリナリーの「時間」を、僕と神田との時間とは比べものにならないくらい長い「時間」を奪ってしまったのは、他ならぬ僕だ。彼らだけじゃない、この教団の殆どの人々と神田の「時間」は僕のものなんかよりずっとずっと長い。
 思い知って、理解して、血の気が引いて手が冷たくなった。
 その「時間」を取り戻す術など、僕には無いのだから。









「…………」
「うわっ、アレンお前…………」

 昼食時。
 僕を後ろから覗き込んだラビが妙な声を上げる。

「こりゃ天変地異が起こるさ…………明日は雨が降るのか槍が降るのか…………」
「どういう意味ですかそれ」

 僕がランチを一人前のサンドウィッチで済ませているのが、そんなに可笑しいんだろうか。

「いーや、別に可笑しいっていうか…………いや、可笑しいさ。お前いつも自分が食う量分かってるだろ?」
「僕にだって偶には少しでいい時だってあります」

 お腹が一杯、というよりは胸が一杯だ。
 まるで僕の心の奥底まで見透かそうとするかのように僕の目を覗き込んできたラビが一言。

「ユウの事?」

 それはもうあっさりと、核心を突いて来た。
 …………僕はそんなに分かりやすいんだろうか。ポーカーフェイスは得意な筈なのに。

「…………まぁ、そうですが」

 素直に認めるのは幾分か面白くなかったけど、事実は事実だ。

「さっきユウもそんな感じだったぜ。リナリーと何かあったんだろ?」
「…………」

 この人実はゴーレムで盗聴してたんじゃないだろうか。そんな疑いの目でラビを見た。

「でも、もうリナリーもユウも落ち着いてきてたさ」

 だから大・丈・夫。
 そんなリズムでラビが軽く僕の背を叩く。
 情けない話だけど、僕はそんなラビの言葉に少しだけ慰めを得ていた。落ち着いた所で問題が解決したわけじゃないことは百も承知だったけれど。









 イノセンスの発動方法も忘れ去っていた神田は当面の間休養するらしい。
 徐々に神田の記憶喪失の件は周囲に広まり、夕方には教団に居る多くの人々に知れ渡っていた。
 僕を含めたエクソシストには神田の代わりに彼が出るはずたった任務に出るよう要請があり(何せ彼の出撃頻度はエクソシスト内でナンバー1だったのだ、空いた穴は大きい)、僕も立候補したものの教団の中にいて神田のフォローをするように仰せつかった。代わりに今日出発予定だった任務にはマリが出た。
 
「マジかよ、あの神田が…………?」
「マジらしいぜ、他の奴らが言ってたんだ。囲んでみても何も言わなかったらしいからな」
「囲んだ、って何するつもりだったんだよそいつら…………」
「いや、知らねぇけど。ジュニアに仲裁されて何もなかったっつー話だが」

 神田に夕食を――――――何をリクエストされた訳でもないが選んだのは蕎麦だった、神田の好物だから――――――運ぶ役目をラビから引き受けて医務室に向かう途中。
 通りがかり談話室から漏れ聞こえてくる探索部隊の人達の何処かキナ臭い話題に眉根に深い皺が出来た。
 神田は敵を作りやすいタイプだ。処世術に優れているとは言い難く、言い換えれば不器用だった。無意識に相手を気遣うも口から出るのは憎まれ口か罵声、というのは如何なものかとは思う。そんな性格だからこそ強さに一目置かれているとはいえ教団内に敵も多く、こういう彼が弱った時に時に大変だ。
 とはいえ探索部隊の人達には申し訳ないけれど今回の神田の記憶喪失中に何か仕掛けようというなら僕が全力で相手になろうと思う。相手が非戦闘員だという事などこの際些細なことだ。今の神田だって非戦闘員で、ましてや僕の所為で怪我人なのだから。
 仄暗い決意を固めて談話室の前をそっと離れる。
 そして医務室の、神田が居る筈の個室の中。

「…………神田?」

 そこは冷えた空気だけの、無人の部屋だった。



 ラビがまるで兄ちゃんポジションだ。


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