『貴方が僕の、兄さん、ですか…………?』
『…………。あぁ』



 初めて会った時から、貴方は。



 故郷イギリスの片田舎でひっそりと僕らは暮らしていた。
 小さな田園地帯の一軒家。僕と、母さんと、それから貿易の仕事に就いていて年に数度しか帰ってこない父さんと。
 父さんとは滅多に逢えなかったけれど世界中を回っている貿易業、そう聞いていたからさしてそれを疑問に思わなかった。

 けれど、母さんが病気で亡くなって。

 母方の親戚が皆高齢だった事もあり、僕は周囲の勧めもあって父さんの元で暮らそうと思った。

 だけど、その時になって初めて僕は知った。



 僕の父さんは僕だけの父さんじゃないこと。
 此処とは違う東洋の島国に、奥さんと子供がいること。

 父さんはその人達と先に家族になっていて、僕に貿易で外国にいる、そう言っていたときはずっとその「本当の家族」と一緒にいたということ。

 つまり僕らは、愛人とその息子――――――そういう存在であったこと。

 一緒に暮らしたい、その申し出はそれを理由に断られた。
 義務教育を終了するまでの生活費と学費は出す、望むなら上級学校に通う間の分も出しても良い。正妻がいる以上一緒に暮らすなど論外、だから二度と連絡はして来るな――――――そう書かれた手紙を読んだ時、僕は母さんが亡くなったときと同じように泣いた。

 僕は、母さんと一緒に父さんまで失ってしまった、そう思った。




 それから半年後、僕に東洋の島国から一通の手紙が届いた。。










 差出人は父さんじゃなかった。
 知らない名前の、女の人。
 僕はその頃には父さんの本当の名前を――――――哀しいかな僕は実の父の本当の名前すら知らされずに十二年間生きてきたんだ――――――知っていたから、その人がどういう人であるかは大体想像が付いていた。
 父さんと同じ家名の、女の人。
 多分この人はきっと、父さんの本当の奥さんだ。

 二度と連絡するな、とは言われていた。来るなんて論外だ、とも。
 だけどその頃僕に対する生活費と学費の振込は滞っていて、僕の暮らしは厳しかった。
 上級の学校に通うのは諦めて、義務教育を終了したら直ぐ様働こう、そう考えていた矢先。

 行った所で夫を寝盗った女の息子、と罵られるだけかもしれない。そう思ったのも事実。
 だけど父さん、いやその頃には「父」という名前の男というだけ、その人に一矢報いてやりたい、そう思ったのもまた事実。

 そう考え、同封されていた航空券を使い僕は東洋の島国へと単身で向かった。




 二人の父親がガチでクズだというお話。(え

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