(ああ、今日も冷えてる)
もう太陽は天高く上がっているのに吐いた息が真っ白だ。俺達が片付けたからこの周辺にはないが、少し離れた道には昨夜降った雪が薄汚れながらまだ残っている。
そんな気温であるから、支給品の防寒コートの首元に付いているボアに少しでも首を隠そうと縮めてみる。が、大して体感気温は変わらなかったため諦めた。代わりに制帽を目深に被り直す。冬は良い、寒いのは堪えるが俺の無駄に目立つこの髪をコートの中に押し隠してしまえる。
俺はこの目の前の巨大なビルを所有する会社の警備部門の人間だ。
今日のシフトでは夕方まで此処正面玄関を警備することになっている。時節柄キツいポジションだがだからこそ若い男の俺が割り当てられるのは妥当で、大人しく警備に当たっている。二人一組が原則の仕事なので今日共に正面玄関の警備に当たるのは八つ上の先輩だ。その先輩も寒さが堪えるのか人気がなくなると時折体を震わして熱を得ようとしていた。
まぁ警備といった所で実際アポイントメントのある客かどうかは中に入れて受付で確認しない限り分からないので俺達は明らかに挙動不審な奴を中に入れない事が職務だ。とはいえそんな不審者は滅多に現れる事はない。どちらかと言えば出勤してくる社員達に挨拶する方が主な仕事とも言える。
時刻は十一時を過ぎた所。俺達の様に時間通りに動かねばならない部署でなければフレックスタイム制が適応されている会社だが、流石にそろそろ出社してくる人間もまばらになってきている。あと一時間もすれば昼食休憩で、社内警備に当たっている人間が休憩時間中は交代してくれる。
視線を道に向ける。そう混んでいることも無い。極々普通の平日だ。
――――――と、だ。
そんな平穏を突き破るかのように二百メートル程離れた交差点を右折してきたバイクがけたたましい音を立てていた。
「…………どっかのバイク便か? 煩いな」
向かい側の先輩が呟く。
オフィス街の平日の昼間を暴走族が走ってる訳も無いだろうし、マナーのなっていないバイク便だろうか。
だがしかし、俺と先輩が白い目で見ていたそのバイクは段々速度を落とし、挙げ句の果てには俺達の目の前で停車した。
バイクから降りた運転手はヘルメットを脱いだ。――――――ライダースジャケットを来た若い男だ。多分、俺とそう変わらない歳だろう。オフィス街には不釣合いな男の短い赤い髪が吹きつけた木枯らしにふわりと揺れたのを見た。
その男はバイクをそのままに、躊躇いもなく会社に入ろうとした。俺が動くより先により入り口に近かった先輩が回り込み、低く声をかける。
「どちら様ですか。弊社にご要件はおありでしょうか」
「へ?」
その若い男は驚いたような気の抜けたような、そんな声を挙げた。
それから少しだけ顎に手をやり考えるような仕草をする。まるで自分が会社に入る事を妨害されるなど夢にも思っていなかった、そんな顔で。
数秒の後、男はポケットから携帯を取り出した。相手は数コールで出たか、男は喋りだした。
「あー、俺俺。今着いたんだけど、なんか玄関で足止め食らったんですけど」
相手は社内の人間だろうか。随分気安い様子からして、バイク便には見えなかった。
「えー、そんなの持ってないさ。つか、貰ってない。俺ってそういうの要らない扱いじゃなかったっけ?」
誰と話しているかは分からないが、話の内容に先輩も俺も眉根を寄せる。
「まぁいいや、通してもらえそうもないし早く迎えに来てよコムイ」
…………コムイ?
業務部長のコムイか?
知己の名前に警棒に伸ばしかけていた手を引っ込める。
若くしてこのけして小さくない会社の部長職に収まる男は何を隠そう俺の幼馴染みの兄で俺が此処に入社する際世話になった人間だ。平たくいえばコネで入社した俺はコムイに頭が上がらない。時折暴走を諌める為に暴言を吐く事はあるが。
数分の重苦しい時間の後、コムイは直属部下のリーバーを伴って現れた。いつも通りの笑顔で男に向かって手を降っている。
「やぁやぁラビ! ごめんねぇ、待たせたね〜」
「ほんとーさ。寒いんだから止めて欲しーさ。何か暖かい物出してよ」
「コーヒーでいいよね? あ、そうだ」
コムイは俺と先輩を振り向いて少し困ったような笑顔で、
「多分誰も見たこと無かったんだろうけど、彼はこの会社の取締役だから。今後は足止めしないでいいよ」
「!」
「た、大変失礼致しました!」
「ま、いーけどね。役員社員証持ってなかったのは俺のミスだし。あ、そこのお兄さん」
不審者改めうちの役員だという男は俺に顔を向けて、何かを投げてきた。取り落とさないよう受け取るとそれは鍵だ。
「俺の単車、どっかに回しといて欲しいさ。このままにしといたら駐禁取られそう」
「…………畏まりました」
「神田君、彼の駐車スペースは役員用のところに作ってあるから。じゃ、ラビ、僕の部屋でコーヒーでも出すよ」
頼んだよ、とコムイに言われて頷く。
「あんた今会議中でしょうが!」
いつも通りリーバーに突っ込まれながらコムイは男を伴って社内に戻っていった。
「やっべぇな、始末書モンかも知れねぇ…………」
ぼやく先輩と一緒に、俺も溜息を吐いた。
→2
役員ラビ×警備員神田。
三流体育大卒の神田さんは知り合いのコムイのコネで一流企業の警備部門に潜り込んだ。
ラビはヤル気がない取締役。