黒の国、王都中心部、王城。
 王族居住エリア、第十四王子殿下居室。

 不愉快かつ不本意極まる俺の主が勉学の為、羊皮紙に何やら書き付けていたその羽ペンの動きが、ピタリと止まった。
 ふっ、と部屋に緊張めいたものが走る。
 顔を上げた主は何時だって腹立たしくなる笑顔で入り口付近で背筋を伸ばして待機している俺に向かってにこやかに微笑みかけ、言った。

「神田、お茶を下さい」
「…………メイドをお呼びします」

 俺が吐き捨てるとこの返事に溜息を付いた俺の主…………黒の国王家第十四王子アレン殿下、通称「(クソ)モヤシ殿下」(俺しか呼ばないが)は羽ペンを放り出し、机の上で手を組んだ。
 苛立ちさえ滲ませた自分は随分厳しい顔をしているだろう。なのにクソモヤシ殿下は唇の端を吊り上げて、再度声をかける。

「誤解があるようなので訂正しましょう。僕の為に、君がお茶を淹れて下さい」

 はっきりと、顔がこわばった。
 苛立ちを抑えるように一呼吸置いてから、襟元に付けてある無線機に向かって一声叫ぶ。

「エミリア! 王子のアフタヌーンティーの準備を頼む!」

 お門違いだろうが、まるで怒鳴るかのように無線に言い放って、ふん、とばかりにそっぽを向く。

 そんな反抗的な護衛の姿に、王子は苦笑して、組んだ手の上に顎を乗せた。




 ・ ・ ・ 




 黒の国第十四王子アレン殿下とその護衛騎士神田ユウの因縁は、彼らが王立軍学校に通っていた頃に遡る。

 そもそも伝統的に黒の国においては、未成年の王族というのはその誕生こそ盛大に祝われるもののその後は成人するまでは臣民の前に現れないのが通例であり、その王族の立場によっては臣民の中で暮らし庶民の感覚を養う、という事すら行われている。
 故に、第十四王子殿下の存在も国民の多くが知っているものの名を含めて全ての個人情報は厳しく管理され、人々の知る所ではない。ただそれでも、貴族階級にあるものならばある程度面識があるのが普通であり、立場も大体は予想はつく――――――何処の貴族の子息でもないのに王城に住まい、王の近くに居る存在は王族以外にありえないからだ――――――、のだが、それはあくまで貴族に限られていたし、しかも気づいたとしたところでそれを口外するのは堅く禁じられている。
 王子女が多くなる傾向にあるこの国においては王族といえど直接の跡取り、即ち王太子以外は何らかの役職につくなり、若しくは国内外の王侯貴族に嫁ぐのが当然とされる。そのような中、第十四王子殿下が選んだのは第三王子たる兄君と同じ軍人という道だった。
 故に王子は12歳から15歳までの間軍学校に通ったが、その際に出会い、そして後々まで続く因縁を作ったのが今彼のすぐ傍に控える護衛騎士、神田ユウであった。
 神田ユウは、王族親衛隊の一人である。
 元は軍部希望であったところが運悪く近衛兵に配属となり、そして配属直後に今度は親衛隊に引き抜かれたという経歴を持つ。その過程も、その剣と命を捧げる相手も彼女にとって非常に不本意であったのは言うまでもない。

 神田ユウと王子は、軍学校においての先輩後輩の間柄だった。それも、余り良好とは言いがたい、と注釈が付くような。
 そんな相手を自分の親衛隊に召し上げた王子の意図は、少なくとも召し上げられた当人にとっては「嫌がらせ」だと受け取られている。




 ・ ・ ・ 




 僕では無く神田に呼びつけられたメイドのエミリアは部屋に漂う不穏な空気もなんのその、何時もの事だとその空気に全く怯むことも無く淡々アフタヌーンティーの準備をした。

「ありがとう、エミリア」

 支度を終え、退出しようと腰を折ったエミリアに心底からの謝意を伝える。
 良い主君であれ、お前は誇り高き王族なのだから――――――兄姉や父に言われて育った。実際僕は使用人や臣下達にとって良い主君でありたいと願っている。――――――ただ一人に対しては、例外だけど。

 エミリアが王族への礼を取ってから扉は静々と閉められ、部屋は再び僕と神田の二人きりに戻る。
 焼き立ての温かいスコーンに濃厚なクロデットクリームをたっぷりとって塗りつけてから食べる僕を冷ややかに見守る彼女に、片肘を付いて溜息を付いた。

「全く…………お茶くらい淹れてくれたっていいじゃないですか」
「生憎ですが業務範囲外です」
「ケチくさいなぁ、もう」

 エミリアによって支度された、調度良い濃さのミルクティーを飲みながら呟くと神田は冷淡に返してくる。

「そのような事をさせたいのなら、俺を親衛隊から解任してメイドとしてでも雇われれば如何ですか」
「…………」

 素気無いどころか敵意をふんだんに含む言葉に肩を竦めた。神田の僕に対する態度は普通ならば親衛隊として論外であるし、それ以前に王族不敬罪で牢にぶち込まれるレベルだ。
 それが許されているのは、他ならぬ僕がそれを容認すること、神田の方も心得たもので他人がいる場ではそのような態度を出さないこと、そして彼女自身が貴色を持つ貴重な身である事が理由だ。

「連れないなぁ…………」




 苦笑した王子の何処か色を含んだ視線は、不快げに視線を逸らす神田には届かなかった。





 軍人希望なのに近衛に入れられた挙句親衛隊に回されて非常に機嫌の悪い神田嬢。王子に仕え始めて実はまだ三ヶ月位しか経ってない。
 軍と近衛と親衛隊は似て非なる存在で、設定としては軍人→国防を担う 近衛→王城護衛を担う 親衛隊→王族個人の護衛を担う。と分かれています。
 任命時に忠誠を誓う相手も違い、軍人は王と国家に、近衛は王と王族に、そして親衛隊は仕える王族「個人」に忠誠を捧げる訳です。
 親衛隊になると、国王命令よりも仕える主人の命令の方が上位に来るので、国の職員というよりは使用人に近い部分があります。そこが神田は気に入らないというお話です。



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