本部の入り口付近から、声がした。

「隊長、お疲れ様です…………殿下!?」

 マリが帰って来た。それはいい。――――――だが。王族がこんな所に来るなんて滅多に無い。
 嫌な予感に、顔が上げられなかった。
 近寄ってくる足音は、丁度俺の前で止まる。机にふっ、と影が差した。勝手に震えそうになる手を堅く握りこんでやり過ごす。
 ――――――覚悟を決めろ、何でもないように振舞え、動揺を誰にも悟られるな!
 自分にそう言い聞かせて、顔を上げた。

「…………」

 不機嫌を体現したかのような顔で俺を見下ろす「元」(あくまで俺の心情的な話であるが)主君は冷ややかにみえてそれでいて濁った熱を抱えた目をしている。
 見下されているのが不快で――――――それはあの不快と苦痛だけの夜を思い起こさせるからだ――――――そもそも他の奴の目もあるのに、俺が座ったままでは許されないだろうと、立ち上がる。

「どういう事ですか?」

 どういう事? 言うまでもないだろう。そもそも言う必要なんて無い。
 俺達の間に走った緊張に、周囲の好奇の、そして役職者達の不安げな視線が集まる。

「報告して下さい」

 高圧的に命じた相手の目が俺を射抜いた。答える言葉を持たない俺は沈黙する。それとも、「お前に強姦されたから辞めてやる」とでも言えば良かったのか? 言えたものか。
 沈黙する俺に焦れたように、手が伸ばされた。頭の中で、それが、あの時の手と重なる。
 パシンっ、と音が上がった。伸ばされた手を叩き落とした俺に、周囲が驚いたように声を上げる。
 そう強くも無かった筈だが、叩き落とされれた側の向こうが、表情を変えた。酷く冷え切った、あの時と同じ――――――!
 払った筈なのに再度手を伸べられ、手首を掴まれた。瞬間体が芯まで冷える。

「っ、!」

 強く、引かれた手繰り寄せられた瞬間。


 ガッ!


 俺は、相手を殴り倒していた。






 呆然と、倒れた相手を見下ろす。
 襲撃者を一撃で昏倒させる為の修練を積んできた、俺がやったんだ。
 倒れた相手は倒れざま、俺の向かいの席のデスクに頭を強かに打ち付けていた。動かない。
 呆然と、見下ろして――――――

 背中に痛みが走った。
 押し倒されるように、その場に転がされる。
 怒鳴り声。あぁ、そりゃそうだ。
 此処は王族を護る者の部屋なんだ。そりゃ、目の前でその王族に危害を加えた奴がいたら拘束するだろう。
 直ぐに侍医や近衛や軍の奴らが呼ばれ、侍医と近衛はアイツを抱え、そして俺は軍に拘束され。

 俺が放り込まれたのは、懲罰房だった。











「――――――それで、アレンの調子は」
「侍医の見立てによれば命に別状は無く、恐らく脳震盪を起こしただけだと。遅くとも一両日中には目が覚めるだろう」
「…………良かった」

 ほぅ、と誰かが溜息を吐いた。
 緊急で招集された王族会議。
 王と王太子他数名は政務の為臨席しておらず、都合の付いた第三王子以下が集まっていた。皆が皆、頭を抱えている。

「お前達、どう見る」
「どうってどうも」
「ねぇ」

 第十、十一王子のデビットとジャスデロが呟いた。

「どうせ大方、アレンが何か仕掛けたんだろ」

 第八王子のスキンは呆れ顔。

「…………」

 第九王女のロードは思案顔だ。

「で、その神田ユウはどうしておるのだ?」

 第五王子のワイズリーが尋ねれば、

「うちの所の諜報部で身柄押さえた。流石に無罪放免には出来ないだろ」

 陸軍を統べる第三王子のティキが答える。
 兄王子姉王女達に齎されたのは「アレン王子が自身の親衛隊員神田ユウに暴行を受け、意識不明」との報だ。それを聞いた瞬間全員が全員共に、「さてはついにアレンが何かやらかしたか」と思ったのだから大した兄弟だろう。元々下手人とされた彼女は王族妃候補に擁立される程度には信用されているのだから、仕方ない部分もある。
 彼らにとってアレンは最愛の末弟ではあるが、しかし、いやだからこそ、彼が抱えている人格的な意味での「歪み」に気付いている。元を辿れば母の早すぎる死と自身の出生にまつわる疑惑に端を発するそれらを、兄姉達は時が、或いは何れ現れるだろうアレンが愛する人が、何時か癒してくれると信じていた。
 実際には歳を重ねるごとに歪みが捻れに進化し、余計に手が付けられなくなってきていたのだが。

「…………間違ったかも」
「? 何を?」
「割りと、全部?」

 ロードの言葉にティキがどういう意味かと首を捻る。

「分かっては、いたんだよねぇ」
「だから、何をだよ」
「アレンが神田に執着してるの。ほら、神田もアレじゃん?」

 今度こそ「アレ」の意味を正しく理解したティキは、まぁな、と呟いた。
 今王族達が集まっている部屋。其処に掛けられいる肖像画は歴代の国王夫妻の肖像だ。死後に描かれるのが慣例なので、現王のものはまだ無い。だが既に亡くなって久しい王妃の肖像画は、そこにある。
 豊かな黒い髪を結い上げた、黒い目の美しい人。
 自身も生来の王族であった、王最愛の妻、彼らの母。元々褐色の肌を持つことが多い王族ではあったが一代分外の血が混じった結果、肌は透けるように白い。――――――遠くから見たらまるで彼らも良く知っている何処かの誰かさんだ。
 
「絶対重ねてるもん。間違いないよぉ」
「マザコ…………」
「黙っとれ」

 余計なことを言おうとしたデビットをワイズリーが黙らせた。そこは、しー。だ。突っ込んではいけない。

「神田、ティッキーのお妃候補になったじゃん?」
「あぁ」

 正直な所、ティキ自身は驚いた。貴色持ちは確かに貴重だが、それにしてもティキは第三王子と比較的継承権に近く、そして若くして陸軍の頂点に立った言わば国の要人であり、平民から妃を迎えるという事は彼自身は考えていなかった。ティキはどちらかと言えば自らの妃というより自らの部下に神田を迎えたかったのだから。別に妃でも、悪くはなかったのだが。そしてそれ以上に、あの末弟が執着している相手を妃に――――――と思うと何やら首筋辺りが寒々とする。

「絶対断るだろうとは思ってたんだけどぉ。でも、アレンはあれで盗られる、って思ったかも」
「…………」

 さて、自身の執着する相手を奪われると思った末弟は、その防御策に何を思い付き、実行したのだろう。
 何せ、あのアレンだ。一般論で考えてはいけない。

「…………俺、割りと洒落にならない事考えついちまった」
「デロも…………」
「俺もだ」

 空気が一気に重くなる。彼らの予想は一つで同じだ。
 当たってなければいいんだが、という呟きに全員が頷く。

「…………。諜報兵、下げるか」

 彼らの予想が当たっていた場合、口を割られて立場を悪くするのは寧ろアレンだ。
 王族は平民に何をしても、極論すれば殺しても罪に問われることはないが、確実に周囲の心証は悪くなる。
 そしてアレンの末王子という立場では、王太子などとは違ってその身分だけで一生涯暮らしていける訳でも無ければ、口さがない周囲を黙らせられる事も無い。

「「「「…………」」」」

 ぐったりと、彼らは机の上で伸びた。

 此処に来て漸くロード以外の兄弟がまともに出てきた。
 因みに予想は完全に当たってる。
 そしてまさかのマザ◯ン扱い。
 
 
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