※薄っすらモブ×神田嬢表現注意※




 半分夢現の中に居た。

「起きろ」

 バシャッ、と水音がした。
 一瞬後にそれは俺に掛けられたのだと理解する。
 武装解除の為に諜報兵に丸裸にされ(女がやったのはせめてもの温情だと思うことにする)囚人服と大差ない、生成りの長い貫頭衣を着せられて懲罰房の中に放り込まれていた。
 手は後ろで拘束されている。やることも無かったから、大人しくベッドの上に居たのだが。

「…………」

 ぽた、ぽた、と髪の先から水が滴る。無言で仰いだ先は先程俺を武装解除した女ではなく、何処かで見た顔の――――――あぁそうだ、士官学校時代の一つ上の奴だったか、諜報兵がバケツ片手に俺を見ていた。
 何してくれんだこの野郎、俺は今夜も此処に居るんだぞ。水浸しにされる位なら蹴られたほうが幾らかマシだ。
 諜報兵の役目は尋問だったらしい。何処からか持ってきた椅子に座って、俺に声を掛けた。

「何故殿下を襲った。誰の差金だ」
「…………」

 いや、差金じゃねぇし。あれは正真正銘俺の、まぁとっさの行動だった。伸ばされた手を、自己防衛本能が拒絶した。
 
「殿下は未だにお目覚めにならない」
「…………」

 どうでもいい。
 どっちにしろ俺は軍歴どころか人生詰んだのは間違いない。思い返せば碌な事のない十八年、まもなく十九年だった…………。そもそも何が悪いって親父が悪い。格上の家から嫁貰っといて外に愛人作ったらそりゃ嫁も怒るだろうよ。
 それはともかく一般人が王族に暴力振るったら不敬罪、加えて俺の離隊届けは受理されていなかったから親衛隊員のままで、そうとなれば特別暴行陵虐罪にも問われる。軽くて公職追放、重いと死刑。アイツが死んだら一発死刑だろう。
 別にいいか、と思える程度には俺は人生を諦めていた。
 何も答えない俺に苛立ったのか、尋問役は立ち上がるとツカツカ歩いて俺の前に立った。思い切り、顎の辺りを蹴られる。

「っ」

 唇と口の中が切れて、血の味がした。

「名誉ある、王族の方々に仕える身でありながら、」

 吐き捨てるような言葉。名誉ある? 俺はそんなもの、望んでなかったのに。
 痛みに対して鈍感になってきているのか、口元の痛みはどこか他人ごとのようだ。

「大人しく吐かないと、五体満足で此処から出られないぞ」

 …………じゃあ五体満足じゃ出られないんだろう。両足と両腕位は覚悟しておくべきか。
 罵る言葉を聞きながら、俺は黙って目を閉じた。








「…………ぅ、ん」
「!」

 頭が、痛い。
 薄っすら目を開くと、光源が眩しくて網膜が焼けた。

「殿下、」
「つ、ぅ、」
「ああ、良かった…………!」
「誰か、陛下に殿下がお目覚めになったとご報告を!」

 バタバタと、走り回る気配がする。

「僕、は」

 体を起こそうとしたら、近くに居た誰かに肩を抑えられた。

「?」
「まだ寝とけって。大分長い間気絶したんたぞ?」
「兄上…………?」

 目を開く。と、僕の兄姉達、メイド、近衛、それから侍医。いずれも僕を覗きこんで心配そうな、でも少し安心したような顔だ。
 僕は。
 僕、は?

 あの時マリの後を追って、親衛隊の本部に行って、そうしたら神田が辞めようとしていて…………許しがたくて、引き留めようとしたら…………

「…………殴られたんでしたっけ」

 急所狙いの、随分良い正拳突きを貰った。殴られたのなんて本当に久しぶりだ。それこそ学生の頃だけだった。
 まぁ、怒っていて当たり前だと思うので殴られた事自体は不思議でも何でもない。

「――――――神田は何処ですか?」

 でも、どうして此処にいない?
 僕が口にすると、兄姉達は兎も角侍医やメイドが露骨に戸惑った顔をした。

「…………兄上?」
「――――――人払いを」
「はい、殿下」

 兄が、侍医やメイド、近衛を下がらせる。何でだろう。それに、神田は。まさか、辞めたのか!?

「っ!」

 再度飛び起きようとして、額を抑えられた。

「こら」
「〜〜〜〜離して下さいっ!」

 何処だ、何処に行こうとする!?
 僕から離れるなんて許さない、絶対に!

「…………はぁ。神田なら城内だ。出て行く事も、少なくとも今の所許してない」
「、」

 溜息の後の言葉に、僕の体の力は抜けた。…………何だ。なら、いい。
 …………でも、今の所許してないって、どういう意味だ?
 落ち着きを取り戻して大人しくベッドの中でじっとすることにした僕を、兄姉達が覗き込んできた。

「さて。話を聞こうか」
「話なんて別に無いです」
「無きゃ困る。何もなくて彼女はお前に暴力を振るうような人間じゃないだろ」
「…………」

 兄姉達の目は、笑っていない。

「話たくないのか。なら、話したくなるような事を教えてやろう」

 五番目の兄が、肩を竦めて僕の耳元で囁いた。

「お前の大事なあの娘は、今懲罰房にいる」
「――――――!?」

 何、で…………
 いや、何で、じゃない。理由なんてたった一つ。

「衆人環視の中お前を殴った。やってないなどと言い逃れは出来ん。それだけであの娘が罰せられる理由など十分だろう。…………お前があのまま意識を戻さず死ぬような事があったらあの娘はその瞬間に首を落とされていた」

 思わずごくり、と喉が鳴った。

「お前とて知らぬ訳ではないだろう? 親衛隊の背任行為は極刑すらもありうる重罪だと。最も軽い罪状を当てたとしても公職追放。最早あの娘はお前の親衛隊に戻ることも、望んでいた軍に入ることも出来はしない」
「…………」
「そもそも軽い罪に処するにはそれなりの理由が必要だ。もしあの娘が本当に何の理由も無くお前を殴ったというならば、我等は法に則りあの娘の首を落とさねばなるまい」
「ふざけ、」
「巫山戯てなどおらんわ」

 呆れたように言った兄は体を起こして僕を見下ろす。

「生かしたいと思うのなら精々我等が納得するような『理由』を話せ。でなければ――――――」

 どうなるか分かるな、とその先は声になって居なかった。

「…………僕、が――――――」








『尋問は中止だ。諜報兵は全員戻せ。衛生兵を向かわせろ』

 リンクは足早に懲罰房に向かいながら、部長から受けた命令を頭の中で繰り返した。

『これはティキ王子直々のご命令である。尚、今迄尋問に関わった者も、勿論お前達も、この事は一切他言無用だ。いいな』

 陸軍を統べる王族直々の命令という事は、背けば死を意味する。
 元より、妙な事件だ。
 国王の末子、第十四王子アレン殿下が自身の有する親衛隊の唯一の隊員に、公衆の面前で殴られて意識を失った。暗殺者の恐れあり、黒幕を探れ。そんな通達が出ていた。
 …………だが、普通に考えても可笑しいだろう。
 仮に、本当にかの親衛隊員が王子の命を狙ったなら、何故他の隊員の目がある親衛隊の本部で、しかも殺害できるかどうかもあやふやな方法を取る?
 これまでいくらでも二人きりの時間はあった筈だ。剣の騎士位を持つ程なのだから、その時に斬り捨てる方が余程真っ当だろう。
 医療道具を抱えた衛生兵が必死に小走りでついてくるのを横目で確認しながら、漸くたどり着いた湿った空気の懲罰房棟。
 今は一箇所しか使われていないが、随分人の気配が多い。そういえば、幾ら滅多にないケースだとはいえ随分人員が割かれた物だ。この件には任された者の他に、数人が自ら志願して着いたという。…………何故?
 懲罰房には相応しくない馬鹿笑いの声に、自然と眉根が寄った。どういう事だ。

「お前達、何をしている! 尋問は中止だ、直ぐに部署にもど…………れ…………」

 何だ、これは。

 狭い房の中には、六人もの諜報兵。それはいい。
 だが。
 部屋の中央では、床に横たえられ、まるで晒し者にでもするかのように太腿よりも上まで拘束衣をたくし上げられた件の親衛隊員。
 そしてそんな彼女にベルトを緩めてのしかかっていた男が一人、慌てて取り繕うように飛び起きる。腕を掴んでいた男も、掴んでいた腕を離した。何の抵抗もなく腕は床にぼとりと落ちる。
 隣の衛生兵が、息を呑んだ。

「何を、している」



 漸くほぼ最後の最後でリンク出せた。リンク=諜報兵っていうのは最初から決めてました。
 しかしここまで大体アレンのせい。
ア「ほんとごめん」
神「絶対に許さん」