それぞれに弁解めいた事を口にした恐らくこの後「元」になるであろう同僚達に、自分が向けた顔は心底冷酷だったのだろう。
どうせ顔も所在も知れている輩だ。今は逃がしても問題無い。
それよりも問題なのは、この騒ぎでも全く動かない横たわったままの彼女の方だ。
口を割らせるための拷問、と称した虐待が行われたのは最早疑う余地も無かった。確かに自白を導く為に拷問が行われることは、ある。だがそれらは許される行為や手順が定められていて、その許される行為の中には性的暴行は含まれていない。
その場に居た諜報兵達を叩き出し、衛生兵を伴って動かない彼女の近くで膝をつく。顎から右頬、口元が赤紫に腫れ上がっていた。
踏み躙られでもしたのか、生成り色の拘束衣の上に肩と、それから胸の辺りに靴の跡が黒く残っている。
どのような暴力が振るわれたのか、自分には仔細に理解し報告する義務がある。だが、しかし。余りにも、これは…………。
同性の衛生兵に任せた方がいい、と性別を理由に逃げて、意識を失っている相手の体の下に手を入れた。何故か濡れている衣服と冷たい石の床の上に寝かされていた所為か随分と体温が下がっている。抱き上げ、部屋の隅の簡易ベッドに横たえようとして、そこまでもが濡れている事に気付いた。衛生兵にコートを脱がしてくれるよう頼み、それを敷き物代わりにする。手の拘束用具は持っていた鍵で外した。
幾らかはマシだろうとその上に横たえ、離れた。視界の中に入れてしまった晒されて揺れる白い足にも赤い跡が幾つもあり、それは酷く見てはいけないものを見てしまった気分にさせる。
「管理官殿」
「はい」
「今さっきの傷では無い傷がありますが。報告書への記載は如何しますか」
「…………。今日の傷でないなら、記載はしないように」
同性である故か、抵抗も無いかのように拘束衣を全て外し、暫く見聞し、また戻していく。
「先程の事は未遂のようですね」
「、」
「それらしき痕跡がありません。殴る蹴るの暴行は受けたようですが」
淡々と語る衛生兵にいっそ感心してしまう。駄目だった。視界に入れることすら躊躇ってしまう。それとも自分本来の仕事であれば、耐えられたのだろうか。
「それより体温低下が気になります。何処か別室へ移せないでしょうか」
「ならば、隣へ…………」
「「「「…………」」」」
空気が重い。
僕がこの数日でやった事を大人しく言われる通り話した結果が、これだ。
「…………お前なぁ」
「なんつー前時代的な…………」
「逆効果にも程があんだろ…………」
「…………」
どうして?
だって、繋ぎ止めるには確実の筈だ。僕は彼女を手元に置くための、絶対に外れない首輪が欲しかった。欲しいモノに手を伸ばすことが、どうしていけない?
「あのなー。好きな子虐めて喜んで許されんのは、ガキだけだぞ?」
「普通は好きな子には優しくするもんなの。分かるか?」
兄達ががっくりと肩落とす。
「好き? 誰が誰を?」
今そんな話はしていない。
「「「えっ」」」
兄姉達がさっ、と顔を見合わせ、僕を見て、もう一度顔を見合わせた。手振りと視線だけで意思疎通しているが、僕にはちっとも分からない。止めて欲しい。
特に年長の兄達は目元を手で覆って天井を仰いでいる。
「えっ…………え、アレン、神田の事好きなんじゃ」
「はぁ?」
わたわたと手足を動かす騒がしい双子の兄の片割れの言葉に自分で片眉が上がったのが分かった。
「誰が何時そんな事を言いました?」
「いや、お前そりゃだって」
「恋愛感情って良く分からないんですけど。神田は僕の傍にいればいい。離れるなんて許さない。…………僕としては手足を落として傍に置くよりは、優しいと思ったんですが」
「「「「…………」」」」
あれは僕のものだ、最初に僕が見つけたんだ、誰にも渡さない。絶対に。
「うわぁコイツマジめんどくせぇ…………ないわー…………流石の俺もドン引きだわ…………」
「育て方を間違えたかのう…………」
失礼な兄二人、デビットとワイズリーを睨み上げる。
「モノ扱いじゃあ、そりゃ向こうも怒るだろうよ…………」
「一応これでも一時は淑女として扱おうと思ったんですけど、そうすると侮辱してるのかって切れて来るんです。どうしろっていうんですか」
「どうしろっていうか、もうお前何もすんな。マジで。余計に嫌われんぞ」
「嫌われる? 今更です」
彼女からの好感度なんて初対面の瞬間からマイナスで、今現在は地の底まで堕ちているだろう。そんな事は分かってる。
「ティキ、取り敢えずどうする」
「どうって」
「向こうの話だ」
上の兄達が話しだした。
「さっき諜報は止めた」
「それはいいが、懲罰房放り込んだままでいいのか?」
「…………どうするか」
「そうだ、早く返して下さい。懲罰房ってあの薄暗くて寒い所でしょう?」
「おま…………誰の所為だと…………」
誰の所為?
神田が懲罰房に入れられたのは神田が僕を殴ったからだけど、殴った原因は僕にあるから、僕の所為?
小首を傾げると、兄達が駄目だこりゃ、と呟いた。何が?
「神田は僕の子を宿したんですよ? 早く返してくださいよ」
「…………は?」
「…………、」
寝台の上に横たえた体が小さく身動きした。瞼が僅かに震えて、それから顰めるかのように細めながら開かれる。
「!」
瞬間飛んできた、首狙いの蹴りに慌てて飛び退った。
「なっ!」
「触るなっ」
たった今迄共に寝台を覗き込んでいた衛生兵は避けることこそ出来たが勢いを殺せず後ろに転がる。寝台を移し終えてから再度手を拘束して置いてよかった、拘束を解いていたら今頃一撃貰っていたかもしれない。
蹴りを放ってから手を拘束されていることを思い出したのか、鋭く舌打ちしながらガチャガチャと手を動かす彼女の眼光の鋭さはまるで手負いの獣だ。
「大人しくしなさい、私は君に拷問する権利を持たず、また私刑に掛けるつもりもない」
「…………」
「まさかそのままで逃げおおせられるとも思っていないでしょう?」
以前として視線はそれだけで人を殺せそうな程に鋭い。漸く立ち上がった衛生兵が前に出た。
「下がりなさい」
「大丈夫です、管理官殿」
「…………」
「私が分かりますか」
「…………リー公爵の所の部下」
王室に親しい旧王族たる貴族の名を上げた彼女に、当の衛生兵はそうです、と頷いた。
「将軍閣下より手当を申し付けられました。私に貴方を攻撃する必要も、理由もありません。ですからどうか、大人しく治療させて下さい」
暫く間を置いて頷いた彼女に、衛生兵は私の背を押した。
「? 何ですか?」
「まぁ。女性が肌を晒すというのにそこにいらっしゃるつもりですか、管理官殿」
「っ、出ます。けれど何かあったら直ぐに声を上げるように」
「はい」
非戦闘員である衛生兵に彼女が本気で攻撃を仕掛けたら、身を護ることすら覚束ないだろう。けれど、同時にそれは無いだろうとも思う。
公爵の名を上げた彼女は、ほんの少しではあったけれど肩の力を抜いたから。
不安が全くないでも無かったが、大人しく懲罰房から出た。
出たと同時に視界に入った、廊下の隅から乱暴な足取りで歩いてくる人物を認め、嫌な予感に思わず溜息が漏れた。
公爵と神田嬢は知人。
しかし色々やらかしたのは公爵である。
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