僕の世界は、小さな箱庭だ。
 父と兄と姉とで作り上げた、「小さくて可愛らしい、可哀想なアレン」の為の。



 物心つく前から、何でも望んだものはそれが菓子であれ、玩具であれ、無尽蔵に与えられた。それは僕が現王の王子という立場であり、そして母親が恋しい頃にその存在を失ってしまった事を哀れまれたからなんだろう。
 僕の周りにはまるで柔らかい飴菓子のように「優しい」人間ばかりが集められた。最初は王宮内での乳母や傅育官、外に出る年頃になると家族達が吟味して「不適切」な発言を行わないような王侯貴族の子弟の学友達が。
 出生の疑惑の事――――――即ち本当に王の血を引いているのか、「正統」な血統なのか――――――も尚更家族達を過敏にした。僕を疑うような言葉を口にした者は、その日の内に王宮から姿を消したという。
 そうやって僕の周りから全ての悪意を取り除いて、結果、僕の傍には何時もにこやかに笑って二言目には「はい、殿下」としか言わない人間ばかりが集まった。
 傅かれる事も、優しいばかりの人々も、嫌な訳じゃなかった。

 ただ、初めてだった。

 射抜くように鋭く、明確な「敵意」を示すような眼差しを向けられたことは。

 それまで何でも笑って頷いて、欲しいものは全て「どうぞ」と差し出してきた人々は、僕が新しく望んだものには困った顔で「あれはいけません」と言うばかり。
 どうして、と訴えれば、あれは殿下のお傍に置けるような身分の者では無いからです、という返事。
 最下級の貴族と平民の妾の子。最初、意味が分からなかった。
 そんなものはどうだって良かったのに。ただ、得られなかった事による空腹感ばかりが募っていく。
 だからすぐ近くに彼女が落ちていた時、躊躇わず手を伸ばした。近衛から親衛隊への転身。彼女は酷く嫌がっていたけど。
 そうして望み通り、傍に置いて。それで満足していた、のに。









「いや、まぁ…………ヤる事ヤッたんならそりゃ出来たかもしれんけどさ…………」
「何でそう断言するんだよ…………」

 そろそろ妹達は退出させたほうがいいんじゃないか、と兄達はチラチラと妹達を見やる。だが、案外と当人達は平然とした顔だ。ドン引きはしているようだが。

「アヌマスの種を使ったので」

 さらりと告げる言葉に何人かは確実に言葉を失った。
 アヌマスの実は国で普通に栽培される果実だ。果肉は甘く、生食するだけでなく酒にもなる。だが真の価値はその種にあった。一般に流通するものは種を抜いた残りの果実の部分だけだ。
 種を蒸留した物は、非常に強い催淫効果、そして子宝の種とも言われ、今で言う所の排卵誘発剤の効果を持つ。故に昔は新婚の夫婦が最初の晩に飲み干していたものだ。今は結婚して直ぐに子供を望むとも限らないので、そんな風習は廃れてしまっているが。

「…………何処から手に入れたんだ、んなもん」

 自然物にも限らず薬剤並みの効果を持つ代物だ。悪用――――――まさしくアレンのような行い――――――を避ける為に、今は手に入れるには処方箋が必要になっている。

「それは言えません」
「…………コムイだな」

 ティキが呟くと、アレンの肩が震えた。今迄一番強く動揺を示したアレンに、兄姉達は嘆息する。そこじゃないだろう、と。

「分り易すぎるだろう…………」
「何でですか」
「お前が庇おうと思うような人間でんなもん簡単に手に入れられる奴なんて限られんだろうが」
「…………それもそうですね」
「あっさり認めんのかよ!」

 それでいいのか、と喚く兄達を見やったアレンは、それで、と口にした。

「いい加減、神田を返して下さい」
「今諜報部が迎えに…………っつーか!」
「おいどうするよ」
「どうするってどうするんじゃ」
「は?」

 意味がわからない、と眉間に皺を寄せたアレンの頭を、兄姉達は代わる代わる叩いた。

「痛っ」
「お前は! ガキの分際で!! デキ婚とか、百年はえーんだよっ!」

 デビットがそう怒りながらアレンを叩く。ティキはほぼ同時に部屋から飛び出していった。行く先は神田のところか、とアタリをつけたワイズリーが見送る。

「親父にぶん殴られても知らねーからな!」
「ところでデキ婚って何ですか」
「おい…………」










 痛ましそうに顰められた相手の目が、痛い。
 医療に携わる者なら、俺の傷がどうやって付けられたか分かっているのだろう。
 柔らかい布で痣になった辺りを押さえられて、痛みに口を真横に引き結ぶ。手当のしやすいように体を動かす度に、体中がじくじくと痛んだ。
 胸を踏まれた時は真剣に息が出来なくて、あぁこれは死んだなと思ったものだ。
 慌ただしい足音に、何だ、と視線を扉の向こうへ。
 飛び込んできたのは、見知った顔だ。

「おい、か――――――」
「!」
「閣下!」

 まさか入ってくるとは思っていなかった。驚きで体が強張る。
 衛生兵が素早く立ち上がって、上半身を晒したままの俺を庇うように立ちはだかった。

「っ、うわ、失礼、」

 向こうも俺が半裸だなんて知らなかっただろう。慌てて扉の外へ飛び出していく。…………見苦しいものを見せた。
 それにしても何をしにこんな所へ? あぁ、弟がやられたから仕返しか。それとも、軍を統べる者として俺に引導を渡しに来たのか。
 折角丁寧に手当してもらったが、意味が無くなるんだろう。巻かれた包帯を見下ろして、そう考える。
 衛生兵が最後の布を巻き終えて、それから外に声を掛けた。さっき迄いた諜報部の奴と、それからティキ殿下。黙って頭を下げる。
 視線が、ベッドに腰掛けている俺の爪先から差し出した首までゆっくりと動いて行くのを感じた。

「…………まさかこれ全部、アレンが?」

 随分と苦い声だ。

「いえ。…………諜報の愚か者が」

 その後ろに控えていた諜報兵が、苦々しく呟いた。

「は?」
「尋問と称して、暴行を加えたようです」

 あれは酷かった。
 大人しく自由にさせるなら脱走の手引きをしてやるから足を開けって、何だそれは。死んだほうが大分マシだ。何度舌を噛み千切ろうと思った事か。結局噛みちぎる前に失神したが。
 させたところで実際に脱走の手引きなんてされる訳が無いだろうし、脱走者を捕まえられないほどこの国の警察機構は能なしじゃない。
 それ以前に、どうせ逃げたところで前科者(しかも脱走者)では働き場所も無いだろう。食うのに困って碌な事にならないのは分かっていた。
 黙って睨みつけた俺を反抗的な態度だと怒った奴らに、殴られ蹴られ踏みつけられ。普通こういうのは見えない所にやるんじゃねぇのか、とも思ったがどうやら奴らはどうせ死罪になる奴が多少見える所に傷を作ったところで誰も何も言わないだろうと踏んだらしい。

「…………神田」

 ティキ殿下は俺の前で膝をついて覗きこんできた。下げていた視線が、合う。

「弟が、悪かった」
「…………」
「…………で、だ。そのー、何だ。物は相談なんだが」
「…………?」

 何を言うつもりかと下げていた頭を上げると、殿下も覗きこむのを止めた。
 心底の困り顔。
 そして其の口から告げられた事は、俺を愕然とさせるには十ニ分だった。





 王子があんなんなったのは家族の所為でもあったり。
 ティキに受胎告知された神田→( ゚д゚)
 コムイ「黙ってるって言ったじゃんか!!」
 アレン「正直すいません」
 神田「絶対許さん」
 アレン「何故」
 
 
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