移された先は懲罰房に比べたら雲泥の差がある。今は臣籍に降下した旧王族の居住エリアの一角だろうと辺りを付けた。長い間詰めていた王族の部屋のように華美ではないが、上質だ。今肌に触れている寝具も滑らかでいっそ居心地が悪い。
 着替えをし鎮痛と鎮静を兼ねる効能があるという茶を飲まされ、衛生兵や医者達に再度の手当てをされた後に大人しくしている様にと入れられたベッドの中から、近くの瀟洒なテーブルの上に飾られている一輪の花をぼんやりと見上げた。

 俺は此処で、何をしている?
 俺はこれから、一体どうなる?

 ティキ殿下に告げられた内容は、俺にとっては死刑宣告に近かった。いや、寧ろいっそのこと何の後腐れも無い分死刑宣告の方が幾らかマシだったか。
 思い返して、頭痛を堪える。最早向こうの考えている事は俺の理解の範疇を超えた。本気で意味が分からない。まだ、犯された辺りの理由なら分かるんだ、俺に効果的にダメージを与える嫌がらせだと。
 が、それで俺を孕ませてどうする。。あれだけ諜報の奴等に殴る蹴るされた後では流れてるんじゃねぇかと思わない事も無いが、ティキ殿下は俺に腹に子がいたならば産めと言っていた。恐ろしいことにそれはあのクソモヤシの意思でもあるんだろう。――――――自分の血を引く子供ですら使うというのか、俺への嫌がらせの為だけに。
 その効果的な「使い方」に思い至った俺は、今度こそ背筋に冷たいものが走った。
 冗談じゃない。どうして苦しめる為に、――――――殺させる為に産まなければならないのか! これじゃ俺と同じだ、どうして罵られる為に虐げられる為だけに生まれて来たのかと自分を、母を父を呪った、俺自身と!
 寝具を跳ね飛ばす勢いで起き上がり、咄嗟に辺りを見回した。
 武器は無い。武装解除された後返されていない、当たり前だ。先程まで眺めていた一輪挿しを取って、テーブルに叩き付ける。割れた破片の一番大きいのを掴んだ。身を守る武器を得られないのは仕方ない、どうしようも無くなった最期に喉を突く凶器があるだけ幸いだ。

 

 逃げよう。
 何処でもいいから、此処以外の所へ。
 アイツの目の届かぬ、手の及ばぬ場所へ。

 それが例えあの世であったとしても、構わない。

 

 窓の傍へ寄る。小さなバルコニーが付いている。隣もそのまた隣も同じ造りだ。四階であるから、降りられない事も無いが。。
 この病人用の服は悪目立ちする。まずは、親衛隊の隊員だった時分の自室へ。処分されていなければ服の替えも武器もそこにある。
 ゆっくりとバルコニーの手すりの上に立った。隣まで距離はさほどではない。助走無しでも飛び移れるだろう。
 覚悟を決めて、手すりを蹴った。

 

 

 


 自室で政務に当たっていたティキは――――――弟が問題を起こしてくれたからといってそれだけにつきっきりで当たれる程、彼は暇ではない――――――、焦った様子で駆け込んできた諜報部の人間の姿に嫌な予感に眉根を寄せた。

「どうした?」

 ティキを警護する親衛隊の人間達も、駆け込んできた彼の姿に怪訝そうな顔をする。彼が焦る姿など滅多に見られる物ではない。
 その彼、諜報部のリンクは低い声でティキに奏上した。

「殿下、どうかお人払いを」

 今現在抱えている案件で人に聞かせられない件など「アレ」しかない。ましてや今傍に控えているのは親衛隊の人間だ。当然「アレ」の被害者――――――どちらが加害者でどちらが被害者か、悩ましくもあるのだが――――――である彼女の事も知っているだろう。
 指で合図をすると一瞬の間の後控えていた親衛隊の人間が前室へと去っていった。ドアが閉まるの確認してから難しい顔をしてティキは再度リンクを見る。

「申し上げます。西の四の間が、蛻の殻です」
「…………警備は」
「部屋の入り口に付けております。…………窓の鍵は開いておりました。恐らくは、そこから」
「あそこは四階だぞ?」

 何てこった、と呟いたティキは思わず額を押さえた。
 西の四の間とは勿論彼女、神田ユウを保護していた部屋だ。四階と高所にある事から警備は部屋の外にしか付けていなかったし、必要最低限でしか人を近づけなかった。そう指示したのはティキ自身だ。精神的な負担を抱えた彼女に過剰な事は良くないだろうと判断しての事だ、実際には見事なまでに裏目に出たが。

「近衛に確認しましたが、城外に出た可能性は低いかと。私室を当たらせましたが武器の類はそのままでした」
「この後取りに戻るかも知れねぇな、私室に人を置いておけ。…………草の根分けてでも直ぐに探し出せ。但し、くれぐれも手荒に扱うなよ。見つけても騒ぎにするな、保護して部屋に戻せ」
「畏まりました」
「こうなったら仕方ねぇか、親衛隊の隊長にだけは話通しとけ。いざというときに説得を頼むかもしれないからな。…………行け」

 矢継ぎ早の支持に頷いたリンクは踵を返して辞去する。
 その背を見送り、溜息を付いたティキは通信機器の電源を入れた。宛先を兄弟姉妹達に限定して、一言。

「…………神田が逃げ出した。発見保護に協力してくれ」

 末の弟だけには受信できぬようにと設定する事を忘れていた事に気づいたのは、その数秒後だ。

 

 

 


 外から伺った元自分の部屋の中には人の気配があった。既に俺の部屋ではないからと新しく人が入ったのか、それとも既に脱走が気付かれて此処に立ち寄ると読まれていたのか。
 どちらにせよ武器の回収は不可能と判断して部屋の窓の前を離れる。外壁をバルコニーからバルコニーへ、時には窓枠を伝って来たがいい加減人に気付かれるだろう。寧ろ今まで近衛にバレていないのが奇跡的だ。諦めて下に降り、裏庭へ。直系の王族達が住まう棟では無いから警備がそれほど厳しくないのは幸いだ。但し流石に門付近には近衛が配置されているし、外壁もそう簡単に侵入者も、そして俺のような脱走者も許すような高さではない。
 外に出るのは一時諦め、今は既に使われていない裏庭にある蔦の生い茂る塔へ向かった。あそこからなら王城の屋根に飛び移れるし、…………最悪は、飛び降りればいいだけだ。
 一応板で封印されているが年月が経っており脆くなっている。少し強めに押しただけで入れた内部は埃臭く湿っており、冷たい。その雰囲気がどこか懲罰房に似ていて、そこであった事を思い出してゾクリと背中を震わせた。石造りの為か何も履いていない足の温度を直ぐに奪って行く。

「…………はぁ、」

 階段になっている塔の内部を王城の屋根の高さのあたりまで上り、物見窓から外を眺める。もうじき日が暮れる時間だ。空が紅く色づいている。
 それを見ながら、階段にずるずると座り込んだ。冷えた石壁に体を預ける。
 …………正直な所これから「どう」にかなるなんて、思っていない。国で最も警備の厳しい此処王城から逃げ果せるのは至難の業だし、逃げ果せたところで無一文の上に俺には身元を保証してくれる人間もいない。まともな職に就く事は出来ないだろう。それこそあれほど厭った、身体を切り売りするような事しかできない筈だ、買い手があるのかは別問題として。

 考えて、不意に泣きたくなった。
 何が間違っていたのか。きっと、最初からの全てだ。
 身体はどんどん冷えて行くのに瞼に宿った熱だけが消えなくて煩わしい。
 いい、どうせ誰の目も無い――――――とそのままにしていると、不意に人の気配を感じた。




 ハッピーエンドが遠い。
 子供を産んだら産んだで殺されるんだろうなとか思ってる。流石に王子もそんな事は考えていない。
 
 
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