黒の国は国名が示す通り、「黒」という色を特別視している。
 黒い衣服を身につけることが許されるのは王族と王に特別に許された国家に功労ある人間のみであり、一般庶民は薄い灰色、貴族でも灰色までに限られていた。
 貴色が貴色である所以は、それが王族の外見に表れるからだ。
 初代の王がそうであったように多くの王族は浅黒い肌に黒い髪と目を持って生まれてくる。事に漆黒の髪と目というのは貴色と尊ばれ、王族といえば即ちそれを持つ人々の事だ、というのが庶民からの認識だ。

 だがしかし、第十四王子はその全てを持ち合わせずして生まれてきた。

 最も彼の兄姉達にも黒以外の髪や目を持っている人間もいる。ただ、第十四王子のそれは同じ王族の中でも明らかに「異質」だった。白い髪に色白の肌、紅の目。どれをとってもこれまで王族にはけして出なかった要素であり、その余りの異質さに出生時には妃の不貞が疑われた程だった。それは遺伝子レベルの検査で全くの冤罪だと証明され、王に王子の出生検査を要請した貴族達は王宮から排除された。

 ちなみに、王族以外にもその要素を持って生まれてくる人間もいる。

 王族と少なからず血縁を持つ貴族達にはその色を持っている者がいた。事にそれが女子であれば、「黒い髪か目を持っている」ただそれだけで、どれほど不美人だろうが性格が悪かろうが、生家が貧乏だろうが爵位が低かろうが、必ず良縁を約束される程だった。
 王族との繋がりを示すために、高位の貴族程その「色」を求めるからだ。

 ところで神田ユウは、彼女本来の身分としては平民である。

 王族以外としては数少ない漆黒の髪と目を持つ者ではあるが、出生時は平民でしかない。
 勿論、ただの平民という訳ではなかった。
 子爵位を持つ貴族の父と、平民の妾の間の娘、即ち庶子だ。
 母親が黒い髪を持ち、貴族の父が黒い目をしていた為にそのような容姿に生まれついたが彼女にとってのみそれは寧ろ人生における第一のハードルとなった。
 父とその正妻の間に産まれた三人の兄姉達は、彼女とは違い「黒」を引き継がなかった。その上に愛人の子でしかない彼女が貴色を持って生まれてきた事は正妻の怒りと疑惑を買い、幼少時の彼女とその母の生活は地獄であった。
 それこそ母が流行病で死んだ後には、何の躊躇いもなく家を捨て去るほどにそこでの生活は酷かった。
 気の強い正妻に厳しく管理される父からは援助も望めない中で、彼女は母方の祖父の元に身を寄せ、そこから剣で身を立て、特待扱いで軍学校に進学した。特待生は卒業後、軍の幹部候補生から軍歴をスタートできる。
 貴族の令嬢としては有り得ないながらも一般庶民としてみれば上々の人生設計であったが、彼女のそんな計画を一瞬でブチ壊しにしたのが軍学校で出会った後輩、当時アレン・ウォーカーと名乗っていた少年との出会いだった。




 ・ ・ ・ 




「そういえば、もうじき学校の同期会ですね」
「…………」
「君は出席するんですか?」
「そのような暇はありません」

 スコーンとサンドウィッチ、クッキーを食べ終わってから口元を拭って世間話のように話しかけたけど、返事は相変わらず冷たく素っ気無かった。
 しかし彼女の言い分は最もな部分がある。
 普通、一人の王族には未成年であったり王との血縁が遠かったりしても少なくとも四,五人の親衛隊が護衛として付く。
 だけど僕の親衛隊は彼女ただ一人だ。
 勿論それは問題であり、親衛隊は元より王城の治安を護る近衛隊や軍部からも護衛を増員させていただきたい、との申し入れがあるけれど僕はそれを蹴り続けている。家族達はそんな僕を容認し、けれど「十八になって公務に就くようになったらどうすべきかは、分かるだろう?」という圧力はかけられている。

「あぁ、問題ありませんよ。僕も出席しますから」
「…………会場は市井の酒場ですが」
「いいじゃないですか! 僕も子供の頃は良く食事に行きましたよ」

 …………彼女の表情から推察するに、「今でも子供だろうがクソガキめ」だろう。

 神田の胸に過ぎっているだろう暴言は、しかし彼女にしては珍しく胸の中に仕舞われている。
 王族の成人はその他の人間の成人よりも早く、十五歳だ。因みに一般人は十八歳で丁度彼女は成人したての所だ。とはいえ、王族が十五歳で成人とはいえども実際に公務につくのは十八歳になってからであり、十五歳から十八歳までの間は「王族としての勉強期間」としての扱いだ。猶予期間、とも言えるだろう。男性王族はその間に就くべき職務の勉強をし、そして妃候補の見当をつけておくものだ。

「懐かしい顔触れでしょうねぇ」
「親衛隊は許可しません」
「僕が願っても?」
「国王陛下もお許しにならないでしょうね」
「あぁ、父上ね、父上。…………まぁ逆に言えば父上の許可さえ取れれば言良い訳ですか。では可愛らしい末っ子としておねだりでもしてみましょうか」

 鋭い舌打ちがそのまま彼女の荒れた内面を映し出していて、思わず笑いそうになった。



 ・ ・ ・ 




 王立士官学校は、所謂エリート校だ。
 通うのは経済的に豊かな平民か貴族の者に限られる。即ち、学費が高い。
 学費が高い分、もう一つある士官学校、国立士官学校に比べて良い教育が受けられるし、幹部への道も開かれやすい。
 貧しい身の、それも女子である神田が滑り込めたのはその剣の腕があってこそだった。それは士官学校に在学中の学生時代に「騎士」の称号を許された程だ。
 彼女は軍人志望であったが、当時からその剣の腕と、希少な女性騎士である事を買われて卒業後は王族女性に仕える親衛隊に…………という話は出ていた。結局親衛隊や士官学校上層部のそんな目論見を見事に邪魔立てして彼女を奪い取ったのは、王の末息子であったのだが。

 さて、士官学校というところは非常に上下関係に厳しく、そしてそれは実力主義に基づいた上下関係である。

 そしてアレン・ウォーカーと名乗っていた頃の王子は、人の下に付いたことの無い生まれながらの王子様だ。
 女性の身、それも平民ながら剣の腕のみで士官学校主席まで上り詰めた神田とは、正反対でまるで相容れないと言ってもいい。
 実際に対立が深まった理由は王子の傍に貴族階級の子息達が侍り、それは公に出来ない事なのに「いくら主席とはいえ平民の女の分際が、王子に頭を垂れないとは何事」との態度を取ったためだ。
 王子の望まない彼の取り巻きは神田を攻撃し、それはアレン・ウォーカーが王子である事を知らず、ましてや彼の取り巻きの言動が彼の意にそぐわぬ存在である事など知らない彼女に取っては、アレン・ウォーカー本人からの攻撃と同意であった。

 二人は、主席が後輩の相手を務める「訓練」という名目で、それはそれは激しく衝突した。体力的には優位に立つ男とはいえ十二歳の子供は三歳年上の人間には敵わず、ましてや彼女は女だてらに主席たる人間だ。そして王族は基本的な訓練こそするもののそれは回避に特化しており、其程戦闘訓練には時間を費やさない。故に時折その「先輩が軟弱な後輩に行う訓練」は王子が倒れるまで続けられ、顔や体に傷をつけるような事さえあった。
 王子が王子である事を知る周囲は青ざめたが神田は意に介さず、王子の方も含むところがあったのか彼女を咎め立てすることは許さず、そしてその対立は神田の卒業と王子の中退により終わることになった。

『やっぱり持たなかったんじゃねぇか、あの軟弱モヤシ』

 アレン・ウォーカー中退の報を聞いた神田の第一声がそれだった。
 無論王子の中退理由は成人に伴い公務の見習い期間に入ってしまった為だ。
 神田がそれを知るのは、それから一月経過した後であった。



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