休憩を終え、再度勉強を始めたクソモヤシの部屋にノックも無しに飛び込んできたのは、奴の姉王女だった。
 黒の国第九王女ロード殿下。…………モヤシより余程幼く見えるがこれで列記とした成人済みの王族女性なのだから世の中とは不思議なものだ。

「Hola,アレン!」
「おや、ロード姉上こんにちは。所で執務はどうしました?」
「サボり☆」

 護衛を振りきって来たのか、伴の一人も付けずにやってきた王女殿下に心底頭痛を覚え、思わず米神を押した。というか、ロード王女の筆頭護衛のレロは何をしている。

「…………御機嫌よう、ロード殿下」

 執務室の中の小さな応接席に腰掛けた王女殿下を見て俺は大人しく部屋の隅に向かった。ティーセットを一揃い出す。モヤシに手ずから入れてやるつもりは毛頭無いが、それ以外の王族に対する礼儀は弁えているつもりだ。
 そんな俺に、モヤシの視線がチクリと刺さる。

「あ、神田も。ねぇねぇ、どう? 僕んところに来る気になったぁ?」
「ロード。残念ですが、神田は渡しませんよ」

 戯れのような誘いに、すぐさまモヤシが答えた。
 …………。どっちに仕えるのも面倒だ。
 これが彼らに比べたら「まだ」穏やかで真っ当な王女である第十二王女ルル殿下であればまだしもモヤシとロード殿下ではどちらにしろ迷惑と苦労を掛けられるのは眼に見えている。

「元々神田は僕の親衛隊に入る予定だったんだよぉ?」
「早い者勝ちでしょう、そんなの」

 俺は軍人志望なんだが。
 勝手に人の将来設計を歪めるな。
 モヤシは論外にしてもロード殿下に仕えるのも中々苦労させられそうで、嫌だ。

「ティッキーやスキンもブーブーだったんだからねぇー」

 軍部の高官である第三王子と第八王子の名前に思わず眉根を寄せた。
 王国陸軍の将軍たる第三王子ティキ殿下と海軍の将軍である第八王子スキン殿下はモヤシやロード王女の兄君に当たる。俺の学生時代にも軍部からの視察という事で何度か王立士官学校へと姿を見せていた。首席だったから、何度か声を掛けられたものだ。当時は王族からの言葉にただ畏まる事しか無かったがあの時気に入らなかったクソ生意気な後輩も王族だった時点で、もう何がなにやら。しかも年長の王族ほど弟妹たる王子王女に甘いというか、弱いというか、なのだから俺の中の王族への畏敬の念が消え失せたとしてもそれはきっと俺の所為ではない。元々他の奴らに比べれば王室への敬意を持ってはいなかった。

「あ、そういえばぁ」

 くるり、とドレスの裾を揺らしてロード殿下は俺を見た。悪戯な光が目に宿っている。

「?」
「もう、話行った?」
「…………何のお話でございますか」

 俺の返答に、ロード殿下は含み笑いを漏らしそして、

「神田、ティッキーのお妃候補にノミネートされたんだよぉ」
「「!?」」

 ――――――っ危ねぇ! 危うく落とすところだった…………!
 思わずモヤシを見る。奴も初耳だったらしい、目玉が転がり落ちそうな程目を見開いて、ロード殿下を見詰めていた。

「…………また酔狂な事を」

 思わず呟いたのは本心だ。

「何で? 十分射程距離内じゃん」
「騎士位こそありますが、俺は平民なんですが」
「関係無いって。ティッキー王太子じゃないんだしー」

 確かに代々多産の家系である黒の国王室において「王族」の範囲に引っかかる存在は非常に多い。故に王太子以外の王族の伴侶については、国王の許可さえ得られるなら誰でも良いような状態だ。
 同じ王族や貴族から嫁や婿を取るのが普通だが、中には平民から妃を迎えたり、逆に降嫁した王女や婿入りした王子も、居なかった訳ではない。流石にそれらは当代国王の直系王族ではなかったが。

「神田がお義姉様になったら、面白いんだけどー。もう話が回った貴族の中じゃ、現代のシンデレラストーリー! とか言って騒いでるみたいだよぉ?」

 ロード殿下の戯れのような言葉をモヤシが間髪入れずに切り捨てた。

「許可しません」
「…………」
「親衛隊員の結婚には主君の令旨が必要でしょう。僕は出しませんよ」
「ま、いいけどー?」

 ロード殿下は楽しそうに鼻歌交じりで足をバタつかせる。

「大体何ですかその話は。普通そんな話が上がれば主君筋に先に話を入れませんか」
「そこはほら、未成年だからじゃなーい?」
「…………馬鹿にして…………」

 ゆらり、と見て分かるほどにモヤシが苛立った。

「でもほら、まだお妃候補にノミネートされただけだしぃー」
「因みに兄上のお妃候補、他の方はどのような?」
「公爵令嬢、先々代国王孫娘、大臣補佐官令嬢」

 まだ正式な決定が無いから名前は教えられない、そういう事だろう。
 ロード殿下が指折り数えて挙げた身分はどれも確かに王族妃としては相応しいだろう。そこに「他の王族に仕える親衛隊員(騎士位持ち)」なんてのが混じればさて仲間外れなのはどれだ、が出来る。
 何でそこに俺が混じるんだ。誰の推挙かは知らんが、嫌がらせに近いだろう。

 うんざりと溜息をつくと、丁度そのタイミングで部屋のドアがノックされた。

「失礼致します、殿下方」

 外の番が通したのは内務大臣補佐官だ。そしてその後ろには俺の直属の上司、親衛隊長のマリが控えている。
 そんな相手を見てモヤシの目がスッ、と細められた。

「どうしましたか」
「は、実は、その…………」

 やってきた相手は俺をチラチラ見ながら歯切れが悪い。

「…………シェリル殿下が、殿下の親衛隊をお呼びでございます」

 見かねたのか後ろに控えていたマリが控えめに切り出した。

「要件は」
「既にご存知の事とは思われますが、」

 マリはそう言ってから少しだけロード殿下がいる方に顔を向けた。…………目が不自由なのにその地位まで上り詰めた男は、実質見えている人間と大差無い程に周囲を把握出来ている。

「貴方の親衛隊員、そこにおります神田が恐れ多くもティキ殿下の正妃候補となりました」
「…………。親衛隊長。それが僕を通さずして決められるというのは、慣例に照らし合わせるとどうですか」
「…………余り例を見ない事でございます」

 だから、誰の差し金なんだそれ。

「内務大臣閣下のお呼びでございます。神田の不在の間は私が護衛を勤めさせていただきます」

 どうやら俺に「行かない」という選択はできないらしい。そしてモヤシはモヤシで俺にそれを断らせることは不可能なんだろう。
 現在の内務大臣職は第四王子、シェリル殿下が務めている。

 俺は仕方無しに慇懃無礼に腰を折った。

「行って参ります、殿下」

 溜息と共に手を振ったモヤシは愛想笑いすらしていなかった。






 内務大臣補佐官に伴われ自身の姉王女と親衛隊員が去った後の第十四王子居室。
 手にされていた筆がバキリ、と折れる音に、これは嵐がくる…………とマリは心中で溜息を付いた。




 王族=ノア達。
 そして王子に変なスイッチが入る。
 そろそろ鬼畜ルートはいりまーす。
 
 
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