「謹んで辞退申し上げます」
内務大臣シェリル殿下を前に俺は堂々言い放った。
呼び出されたのは勿論先程聞かされた要件だ。
第三王子の正妃候補に、という内々の打診。まだ決定ではないが、などと色々回り道はされたものの俺の返事は最初から決まっていた。
「理由を訊いても?」
「俺は王族に仕える親衛隊員でございますれば。仕えるべき方々と同じ立場に立つことはございません」
「…………そうか…………」
残念そうに溜息を付いたシェリル殿下は眼鏡の奥から俺を上目遣いで見上げた。
「実のところ、君が最有力の候補なんだけれど」
「ご冗談を。王族の姫君や公爵令嬢の方々の方が余程適していらっしゃる」
「身分はね。身分だけならね。…………でも」
そう呟いてシェリル殿下が見たのは俺の髪だった。
…………あぁ。そう言えばそうだった。
黒髪に黒目は、王族以外には珍しい特徴だったんだ。
「王族に『それ』が出ることは皆の期待するところだ」
「…………」
「そうでないと、…………アレンのように可哀想な思いをすることになってしまう」
「…………」
モヤシの出生時の騒ぎは親衛隊に入る時に聞かされていた。
祖先にも、勿論両親にも無かった色合いで産まれてきた奴は当初本当に王の血を引くのかと怪しまれたという。
確かに王族歴々が一同に会すると、モヤシの存在は非常に目立った。
国王や兄王子、姉王女鍾愛の末息子といえども、いやだからこそ、周囲の目は冷ややかで疑惑に満ちていたのだろう。
その事と今亡き王妃がモヤシ出生後直ぐに亡くなっていることを思えば、奴の性格が歪んで捻れた理由も分からないでもない。俺に取ってはいい迷惑だが。
「ところで、断る理由がそれという事は他の王族の妃候補にも当然」
「なりません」
「…………私でも?」
「殿下はお妃がいらっしゃるでしょう…………」
それはそうだけど、と頷くシェリル殿下に思わず溜息が溢れる。
「うーん、残念だ。ティキだけじゃなくて他の王子の妃候補にも上げられてるんだけどなぁ」
「誰ですかそういう下らない事を言い出すのは。あとどちらの王子の妃ですか」
「下らないって…………。ワイズリーとか、ジャスデロとか、デビットとか」
…………未婚の成年直系王子全員かよ。
思わず舌打ちしたくなる。
「ティキの次に推すのはジャスデロなんだけど」
「お断りします」
「…………駄目?」
「駄目です」
つーかなんでデビット王子じゃなくてジャスデロ王子?
いやどっちにしろ断るが。論外なんだが。
――――――そもそもモヤシの義理の姉になぞ、絶対になりたくない。
「そうか…………いや心底残念なんだけど、無理強いは出来ないしね」
そんな無念そうな台詞を聞きつつ、俺は内務大臣執務室を後にした。
仕事場であるモヤシの居室に戻ろうとすると、そこにはマリがいた。
何でもマリも他の奴と交代したらしく、俺は今日の残り時間全て休みらしい。
珍しいことに目を軽く見張ると、マリは一つため息をついて、
「それに、今は戻らないほうがいい」
「? どうかしたか?」
「…………王子が荒れていらっしゃる」
「…………」
…………モヤシが癇癪? 余り見たことのない図だ。
結局俺はマリに連れられて親衛隊の本部に戻った。他の奴らは出払っていて、俺とマリだけだ。
滅多に使わない自分のデスクで頬杖ついてボーッとしているとコーヒーが差し出された。マリだ。
我乍ら隊長に給仕させるのはどうかと思う。
「悪ぃ」
「いや、いい。ついでだ」
そう言ってマリは自分のデスクに戻る。
それから俺を見て、言い出しにくそうな顔をしていた。
「…………何だ?」
「その。…………王子妃に、という話を断ったというは」
「本当だ」
…………あぁ、分かったぞこの感じ。
俺を説得しろって言われたな。
マリが仕える主人は国王陛下だ。子供達の結婚問題に介入してくるとしても不思議じゃねぇ。
「言っとくが、別に王族との結婚が勅命なら拒否しないぞ」
「勅命など陛下は出しはしない。強制された結婚が何も産まないのはあの方は重々ご存知だ」
「じゃあ、有り得ねぇな」
「…………」
鼻で笑うとマリは黙り込んだ。
マリを困らせるつもりはないのでそれ以上笑うのは止めておく。
「お前が世間一般的な女性と違うのは解っているんだが…………王族の妃に、という話は大概の女性には魅力的な話だろうと思っていたが」
「生憎だが俺は結婚なんざするつもりがねぇ」
――――――あんな冷え切った針の筵が「家庭」なら。
俺は一生独りでいい。その方がずっと楽だ。
俺の家族は生涯、死んだ母上だけでいい。
あぁ、でもそれにしてもティキ殿下の話を蹴っちまったからきっとこれで俺は一生陸軍には入れねぇな…………。
さらば、俺の人生設計。
遠い目になって窓の外を眺める。
沈黙をどう取ったか、マリは何も言わず、部屋は沈黙に満ちていた。