一夜明けた。
 マリは「王子が荒れている」と言っていたが今朝、奴の部屋に行った時はそれなりに平穏だった。但し表面上だけだ。伊達に護衛を務めている訳じゃねぇ、腹の内位ある程度は読める。
 兄王子達に、自分の頭越しに自分の部下を良い様にされたのが余程据えかねているようだ。知るか。俺の所為じゃねぇ。
 ピリピリと無駄に張り詰める空気にうんざりと溜息を吐いた。

「神田」
「…………何か?」

 咎めるような、苛立っているような、そんな声でモヤシ王子が俺を呼んだ。

「昨日の件はどうなりましたか」
「断りました」
「へぇ」
「…………」

 …………うわ、信じてねぇ顔してやがる。

「君の身分は平民ですよね。兄上の妃なら、所謂玉の輿だと思いますが」
「興味ありません」
「…………何が気に入らなかったんです?」

 お前が鬱陶しいからだこのモヤシ野郎。お前が義弟だなんて寒気がすんだよ。

「面倒だからですが」
「…………」

 モヤシは何事か考えこむような顔をしてから、

「王族の一員になるのが面倒だと?」
「当然でしょう」

 義務と権利は比例するのがこの国のルールだ。
 王族は最上層として様々な権利を有するが、それと同じか若しくはそれ以上の重さの義務をも持っている。
 冗談じゃない、貴族社会にすら馴染めなかった俺が王族? ふざけている。

「…………」

 それきりその話題は打ち切られ、会話は続かなかった。




 ・ ・ ・ ・





「こんにちは、コムイさん」

 王城の一角。
 様々な研究用の資材が置かれているこの部屋は研究室だ。主は先代の従兄弟に当たる王子の息子であるコムイさん。彼の代から臣籍に降下しているから、身位は公爵。今は国のために日々様々な薬の開発や訳のわからないロボットの開発などを行なっている。彼が作ったコムリン三号が朝議の席で暴走し、父上に向かっていった物だから親衛隊長が破壊したという騒ぎはつい三日程前の事だった。その時コムイさんは随分リナリーに締め上げられていたけれど懲りていないらしく、今もやっていることはそのコムリンの修理だ。

「やぁこんにちは、アレン君。どうしたんだい? 君から訪ねてくるなんて珍しいね。呼んでくれれば部屋まで参上したのに」

 身内の気安さで気さくな事を言う彼に微笑んで、

「実は、少し分けて欲しい薬がありまして」
「薬? 体調が悪いなら先に侍医の診療を受けることを勧めるけれど」
「いえ。こういう薬を」

 メモしてあった紙を渡す。と、それを見たコムイさんが微妙な顔をした。

「…………王族の頼みだからね。断れる立場じゃない」
「ありがとうございます」
「けど、こんなの何に使うんだい? はっきり言ってこれは毒物にもなる薬だ。使い方によっては、本当に人が死ぬ」

 困惑するようなコムイさんに、笑い掛けた。

「好きな人を、手に入れる為にです」
「…………。使い方は察したよ。こんなの使って手に入れるってのは正攻法だとは言えないし、正直恨まれると思うよ。君は王族だから、罪には問われないだろうけれどね」

 王族法第四章十九条。王族構成員が平民、貴族に対して行う全て行為は無罪である。
 それが未だに残り続けているのは僕ら王族が自らを律し、そもそもそのような行為は行わないからだ。
 僕がしようとしているのは犯罪行為にあたるんだろう。平民同士、貴族同士、あるいは王族同士でならば罪に問われる。間違いなく。

「こんなの使わなくたって、普通に口説けばいいじゃないか。王子妃なんて玉の輿だよ? 大抵の女性なら喜んで応じるだろうに」
「それが駄目なんです。面倒、とか言う人ですから」
「面倒?」
「僕よりも継承権の高い王子の妃に、という話を蹴る人ですよ?」
「…………。あぁ。彼女か」
「ご存知でしたか」

 あの話はコムイさんの耳にも入っていたようだ。

「やだなぁ。彼女に恨まれるのは怖い」
「大丈夫ですよ、入手元は何があっても吐きませんから」
「…………。恨まれるよ? 本当に。彼女は一生君を許さないかもしれない」
「…………」

 でしょうね、と小さく呟いた。
 だけどそれを封じて彼女を繋ぎ止めるために、今僕のポケットには別の薬がある。
 彼女はきっと怒り、恨み、僕を卑劣だと罵る事だろう。別にいい。怒りなど彼女を手に入れるためならばどれほど受けたっていい。

 其れ位、覚悟の上だ。
 愚かしい覚悟だと、誰しもが嘆息するであろうけれど。
 だけどどれだけ愚かであったとしても、僕にはもう他の道なんて何も無いのだから。






 ・ ・ ・ ・





「神田。外出の準備を」
「?」

 例の騒動の一週間後。
 ある(それなりに)平穏な一日も終わろうという夕刻、モヤシが俺にそう命じた。

「どちらへ」
「同窓会ですよ」

 決まってるでしょう? とモヤシは笑った。決まってねぇよ!!

「父上の許可は得ました。何か問題でも?」

 問題だらけだクソモヤシ、テメェちょっとは自分の身分と俺の苦労を考えろ!!

「あぁ。君の分の参加表明も僕の名義でしておきましたから安心して下さい。行っても席も食事もない、なんて事にはなりませんよ」
「…………」

 誰かこの性悪、どうにかしてくれねぇか?
 うんざりと天井を仰ぐ。
 だから気付かなかった。
 王子が、冷ややかな、そしてある種の決意を秘めた目をしていた事になど。





 盛る気満々。
 どう考えても鬼畜様ですありがとうございました。
 
 
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