週末の夕刻。
王城の正門ではなく裏門には一組の主従の姿があった。
「…………本当に行くんですか」
「行くに決まってるでしょう? ところで君こそその格好で行くつもりですか」
心底うんざりしながら訊けばあっさりと返って来る小憎らしい答え。
「…………何か問題でも?」
俺の格好は何時も通り親衛隊の隊服だ。当たり前だ、まだ王子の護衛中で勤務時間なのだから。
「君の控え室に服置いといた筈ですけど」
「あんなヒラついた服着てどうやって護衛しろと?」
僅かな休憩時間に王宮内での部屋に戻ってみればそこにはデカい箱が鎮座していた。送り主名には堂々とモヤシの名が記されており開けるまでもなく暗澹たる気分になったものだ。
が、何のつもりかは兎も角主人の名が記されたそれを開かないままゴミにするのは流石に憚られて仕方無しに開いた。
中に入っていたのは濃淡の紫の布の塊。レースとシフォンで作られた長いワンピースと小物一式。ルル王女が好きそうだな、と心底うんざりした。
ふざけてんのかあのクソモヤシ、と毒づきつつ速攻で箱に丸めて叩き込んだ。俺は間違ってない。親衛隊の、機能性を第一とした上で最大限の装飾を盛り込んだ制服とは違う。装飾性のみに特化した服など着てどうやっていざという時に剣を抜けというのだ。
俺の答えにモヤシが肩を竦めた。予想の範囲内、そんな表情にじゃあ止めろよ、と心のなかで呟く。
「ま、別に良いですけど。会場内では帯剣しないでください。旧友にプレッシャーを与えるのは本意じゃありません。僕の番犬よろしく後ろに佇むとかは止めて下さいね」
「…………」
お前、俺をなんだと…………。
いや、止めておこう。どうせ俺はこいつの面白い玩具だ。嫌がれば嫌がるだけコイツは喜ぶ。実に性格が悪い。
歯ぎしりしたくなるのを必死で堪え、離れたところから俺達の様子を伺っていた御者に合図した。
城下の構造は王宮に近ければ近い程上品で遠ければ遠い程そうではなくなる。
王宮を出るとまずは現王との直接的な血縁ではない王宮外で暮す外廷王族達の屋敷、それから臣籍降下した旧王族達の屋敷、その後に上級貴族の屋敷…………と続いている。無駄に豪華な屋敷の町並みを抜けると今度は平民の金持ちの屋敷や王侯貴族と金持ちを顧客に抱える庶民お断りの衣食料品や宝飾品関連の高級店や大店が立ち並び、それもまた王宮から遠くなるに連れて小さく庶民的な店になっていく。その更に向こうには庶民たちが生活する下町があり、俺が借りている部屋もそこにある。とはいえ親衛隊に入ってから帰ったのは一、二度なのでもう解約してもいいかも知れない。
同窓会は金持ち貴族の坊ちゃん共が多く通う王立軍学校に相応しく、かなりの格を備えた店で開かれていた。それはもう、店に入る前には帰りたくなる程にだ。案の定モヤシと共に馬車から降りた俺には入り口の守衛らしき人間から冷たい視線が注がれる。貸切だという話だから、卒業生の貴族の坊ちゃんの使用人だろうというその視線はあながち間違ってはいない。客である主人には媚びても使用人風情に媚びる必要ないということだ。半分お忍びのような物だから王室の印をつけていない馬車を使った所為もあるだろう。別段不愉快にもならなかった。
預けられていた招待状を二通――――――俺の分も来ている。卒業したのは事実だ、毎年破り捨てていたが。――――――出し、預けると案の定守衛の表情は変わりその背筋には緊張が走った。それはそうだ。恐らくモヤシは今日の同窓会の主賓だろう。
「お待ち申し上げておりました、殿下!」
守衛が直ぐ様モヤシを通し、モヤシの手回りの荷物を持った俺もその後に続く。素早く出てきて最敬礼をしている仕立てのいい服を来た壮年の男は支配人だろう、モヤシに王族にご利用頂けるとは光栄の極みだのなんだのと言っている。笑顔で頷くモヤシがそれを聞いていない若しくは聞き流しているのは明白だった。あいつはそういう奴だ。
ウェイティングスペースを抜ければそこは恐らくメインホールだろう。モヤシの後ろに控えていても感じるざわめきにいよいようんざり加減も最高潮だ。
まるでウェイターかのようにドアを押し開いた支配人に周囲の視線は一斉に飛んできた。姿を表したモヤシに微かなどよめきの後にそれまでの喧騒が嘘かのように静まり返る。人で溢れかえらんばかりのホールは自然に中央で割れた。誰からとも無く頭を垂れる。
「懐かしい顔ぶれですね」
変わらずの貼りつけたような笑顔で、思ってもないようなことをモヤシが呟いた。
ホールの奥にはホストらしき奴ら。見覚えがあると思ったら昔のモヤシの腰巾着だ。卑屈に媚びるような表情で揉み手まで始めたものだから見ていられなくて視線を逸らす。奴らとてそれなりに名のある家の人間だろうに。いや、だからこそなのかもしれない。俺には理解出来ないが。
王族のご臨席を賜り…………と先程聞いたのと同じような挨拶をまたしてもモヤシは碌に聞いていないらしい。その奥に潜む退屈と微かな苛立ちのようなものに、こういう事になるのは分かりきっている――――――俺にとっては王族だなんてことは既に何の価値も持たないが、世間一般的には、特に権力や利益を求めるような輩には内廷の王族という立場は魅力的なのだ――――――筈なのに。まさかただ不愉快な思いをしにきたのだろうか。そんな馬鹿な。
その内こいつら姉妹やら従姉妹やらの紹介始めるぞ、と俺が冷たい目でモヤシと腰巾着達を見守っていると、その内の一人――――――記憶に正しければ候爵子息、モヤシの腰巾着達のリーダー格だった――――――が俺を見てはっきりと片眉を上げた。それは驚きと侮蔑に近い感情の二通りを示している。まさか来るとは、と平民の分際がこの店に入れるとは、だろう。生憎だったな、俺も仕事じゃなきゃ来ねぇよくそったれ。
真正面から見返してやると相手は居心地悪げに視線を逸した。勝った。
すると気づいたかモヤシは此方を振り返り、
「――――――それから、僕の護衛の神田です。今日は宜しく」
「…………」
会場のほぼ全ての奴がモヤシを注視していたからその一言で俺が誰だか気付いていなかった奴まで理解したはずだ。
どよめきは驚きのもの。なんとも言えない悔しさと不快感に爪を手のひらに堅く握りこむ。
『まさか彼女が?』
『信じられないな、どんな手を使ったのやら』
そこかしこで囁き交わされる不躾な言葉に俺が訊きたいんだよ、と胸中だけで反論しつつモヤシに視線をやった。相応しい態度を取れ、と無言の笑顔のまま圧力をかけて来たモヤシに無言のまま立礼で臣下の礼を取る。
周囲の好奇心に満ちた視線にこれは面倒くせぇ事になる、と早くも天を仰いで嘆きたい気分だった。
鬼畜までたどり着かなかった。
ウンザリ気味の王子。