本番はありませんがR18。お察しください。
俺の口に出さなかった、否、出せなかった疑問に、モヤシが自ら答えてきた。
「あぁ、借りましたよ。丁度いい所を知らなかったので」
そう言いながらモヤシが指先に引っ掛けて振り回しているのは俺の部屋の鍵だ。何時もチェーンを付けて、隊服の下に隠してあった鍵。
どういう事だ。
俺が見上げると、モヤシの唇はゆっくりと弧を描いた。
モヤシはベッドの直ぐ横にいて、屈みこんできた。手が伸ばされて、俺の頬を撫でる。嫌な予感にぞわりと背中が粟立つ。
振り払おう、そう思って掲げた腕は実際殆ど動かない。容易く掴まれて動きを封じられる。
「あぁ。無駄ですよ。弛緩剤を使ってますから。無駄な努力はしないで下さい」
「しかん、ざい」
名前を聞いて、大体どういった物でどういった効果なのか理解した。
けれど、何で。どうして。いつ。
どうして俺はそんな物をコイツに盛られたんだ!?
「兄上への輿入れの話、気に入らないんでしょう? 貴族の誰をも君は気に入らないんでしょう? だったら僕が、」
「っ、」
ギリ、と強く掴まれた手首の骨が軋んだ。
言いながらモヤシは胸元から小瓶を出した。薄い赤の小さな液体が満ちたそれを、モヤシは自分で呷る。何を、ともう何度も浮かんだ疑問がまた一つ。
だがモヤシはそれを嚥下しなかったらしく、
「! う、ぅ、」
無理矢理それを流し込んできた。口の中に入ってくる人工的な甘さが気持ち悪くて、それよりも寧ろ無遠慮に突っ込まれた相手の舌先が口の中を荒らすのが酷く不穏で、首を振る――――――が動かない。
碌な物じゃないのは予想がついた。飲み込むまいと、吐き出そうとするのに未だに口を塞がれたままではそれも出来なかった。呼吸を人質に取られ、仕方無しに飲み込む。何なんだ、毒物か?
「もうそんな話何処からも来ないように、――――――何処にも嫁入りなんて出来ないようにしてあげますね」
「!?」
実の所、嫌がらせじみた事をされる理由なんて十二分に分かっていた。
学生時代、模造刀片手にアイツにしたことを思えば、恨みに思われていても何の不思議でも無い。向けた罵詈雑言は辞典が出来る位だろう。罵られるのが前提、それどこから産まれた時から妾の子の癖にと怒鳴られた俺と違ってお上品な世界で生きてきたアイツには、耐え難い屈辱だったのかもしれない。
王族としての成人と同時に作られたアイツの為の親衛隊に選ばれたのも、そのメンバーが俺一人なのも、身近に置いて嫌がらせする為の、そして過負荷をかける嫌がらせだと分かっていた。一種の意趣返しなのだろうと。
この手の嫌がらせが多いことも分かっていた。軍や隊は諜報や衛生、補給といった部隊を除けば男社会だ。そしてその中で自分の身すら護れないような女は不要だ。自分を護ることすら出来ずにどうやって主君を護る?
そういった事から逃げられない程度の腕ならば、軍や隊に入っても足を引っ張るだけなのだと。
流石に在籍の生徒に貴族が多い王立士官学校では聞かなかったが、国立士官学校の方では騎士や軍人を目指して入学したはいいが、先輩や同輩や、下手をすれば後輩からそういった事をされて、学校を辞める羽目になった女の噂を聞いていた。加害者はお咎め無しで、被害者がその程度の腕で軍を、騎士を目指したのかと嘲笑われる、そんな社会だ。
自分の立ち位置が不安定で、簡単に踏み躙られるようなものであることも分かっていた。
騎士や軍が護るべきと挙げる「貴族の女」でも「淑女」でもないのだから。
だから、でも、いや、やっぱり。
こんなのは、予想していなかったし、――――――予想もしたくなかった。
飲まされた薬のどちらかには鎮痛の効果でもあったんだろうか、とぼんやり考える。
流した血の割りには、予想していたようなそこまでの激しい痛みは無い。最中はとんでもなく痛んで、内蔵を圧迫されることには吐き気すらしたが。下敷きにされた隊服の上着は俺の血や体液やらで汚れたからもう使えないだろう。安物のシーツなら兎も角隊服は勿体無い。
部屋の中に一人になる際に投げ与えられたアイツの上着は、サイズが違うから本来の用途には使えない。
弛緩剤やらの効果が薄れ始めたのか、動き出した体で半身を起こして見下ろす。
紅い、痣のような跡が転々と残り、内腿には乾いて赤褐色になった血と、俺の物ではない白い体液。これと同じ物がまだ腹のなかにあるかと思うと、血の気が引いて気が遠くなる。後始末の方法の予想は付くが、まだ痛んで血を流しているというのにその予想通りの事をするのは躊躇われた。
「、」
自分に仕える人間を捌け口にしなければならないほど女に困っていたのかと、嗤おうとして失敗した。
笑う形に口元を歪めたのに、唇が震えて声は出ない。それにしても、アイツよりも長身で体格の良い俺相手に良く発情出来たものだ。
そんなんじゃない、分かってる。単なる嫌がらせだ。単に相手が欲しいのならそれこそ俺に命じて身辺調査を済ませた伽女を用意させるだろう。
…………あぁ。これは、あれか。お前などメイドどころか伽女で十分だという意思表示か。まぁ確かに従順では無いし茶の一つも淹れないようじゃメイドとしては使えないだろう。それともこれは目障りだから消えろという最後通牒か。
ギリ、と湿ったシーツを握りしめた。
あぁ、分かったよ王子様。
お前の望む通りに。
「消えて、やるよ」
おかしい。
こんな筈じゃなかった。
苛々と、そして忙しなく手を組んでは、離す。自分が珍しく混乱しているのは分かっている。
――――――どうして、
(どうして処女なんだ!?)
この国の軍やそれに近い組織はそれ程女性に対して門戸を開いているわけではない。積極的に受け入れるのは精々色仕掛け前提で諜報部、前線には出ない衛生部、むしろ細やかな計算多いから女性の方が向いているとされる補給部の辺りだけだろう。
士官学校の、在校時の同輩達の言葉をまるきり信じていたわけではなかった。だけど、確かに僕は彼らが言うとおり、幾ら彼女が腕がたっても、片親は貴族と言えども、妾腹の平民の女性があの貴族や王族の為の学校に特待として入れて、首席でいられるなんてありえないと思っていた。あり得ないと、思っていたんだ。当然裏取引が想像され――――――金銭的に余裕のない彼女のような立場の場合、学校上層部の要人に体を使って、もしくはそれに近いような事を受け入れて射止めた席なのだと、そう思っていた。彼女の方も、彼らのそういった侮蔑の視線に気付いていたからこそ自分に手を伸ばす男を過剰なまでに拒否していたのだと…………。
それに、そもそも、
(おかしいだろう、だって親衛隊に引き上げられたのに! 未婚の王族の性教育は親衛隊の人間の仕事だ、)
なのにその教育する側が未経験とはどういう事だ。そんな事あるはずがないだろうと、僕は頭の中で必死に自分が間違えたのではなく彼女がおかしいのだと考えようとする。一種の逃避行動だ、分かっている。シーツや、下敷きにした彼女の服が彼女から流れた血で汚れて初めて僕は自分の勘違いに気がついた。気付いても、どうしようもなかった。今更だ。
(それに、あの名前、)
夢現に、僕が触れた時に彼女は男の名前を呼んだ。僕の知らない名前。中流階級や、下級貴族にありがちな大して珍しくもないような名前。きっとあの状況で呼ぶ位だからさぞや深い仲なのだろうと。それが誰の事を示すのか、調べてやろうと思っていた。その彼にどうこうするつもりはない。ただ、気になっただけで。
(気になっただけ? 我ながら、良く言う)
思わず自分自身を鼻で嗤う。
あの瞬間、消してやろうとまで思ったのに。嫉妬に狂った男など、なんて見苦しい。
兄上の縁談を蹴ったのも、きっとその彼の為なのだろうと、そう思って。
奪い取る為、誰にも渡さない為の手段として、やっぱり「ああ」しなければならないと自分を納得させた。
衣類を奪われて初めて意図に気付いたと言わんばかりだった怯えの混じった驚愕の表情も、
催淫の効果もあった筈の薬を与えたのにそれすら上回るとばかりの苦痛の表情も、
抵抗を諦めて力を入れる事を放棄すると同時に急速に光を失い昏くなっていったその目の光すらも。
僕は見なかったことにした。
だから、全て終えた後、僕に穢された体を人形のように横たえる彼女が僕をけして見ることはなかったのも、ある意味では当然の事なのかもしれない。
『…………それで。気はお済みですか、殿下』
視線を向けられることもなく、何時もと全然違う、怒りも呆れすらも、何一つ感情を持たない氷のように平坦な声でそう問われて、突然怖くなって逃げ出した。
自分のしでかしたことを見たくなくて、彼女に向かって僕の上着を投げて隠した。
そうして、逃げて。
「…………これからどうしよう…………」
鬼畜っていうかおにちくだ。
ア「正直悪かった」
神「絶対に許さん」
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