…………一週間前、母上が亡くなった。
俺の家は父親のいない、所謂母子家庭だった。十八年間親子二人、肩を寄せ合い生きてきた。
母上は女手一つで俺を育て、高校へと上げてくれた。
…………二年前、俺も高校生になって、ようやく母上の手助けになれる、そう思っていた矢先だった。
母上が、癌だと宣告されたのは。
二年間の闘病の末、母上が亡くなったのが一週間前。
元より親類縁者のいなかった俺は――――――独りになった。
高校の担任や、母上の元職場の同僚の人々に支えられて、簡素ながら何とか葬式を上げた。
そしてそれらを終えた時――――――俺は言いようの無い喪失感に襲われた。
六畳一間とまでは言わなくとも手狭に感じていたアパートの一室が、酷く広く感じられるほどに…………
…………学校、行かなきゃな…………
学費だとか、生活費だとか気にしなきゃいけない事は沢山ある。
…………奨学金、申請して…………
けれど、やる事が多いのは分かっているのに、俺はちっともそれらをやる気になれなかった。
部屋の中で寝転がって、ぼんやり天井を見上げているだけだ。
今は、何も考えたくなかった。
現実とは結局の所残酷で、母上が死んでどんなに意気消沈してようが腹は減るし食わなきゃ死ぬ。実の所腹は余り減ってないが食わなきゃならねぇのは分かってる。
俺は財布を掴んで、三日ぶりに外に出て近くのコンビニへ向かった。
いつの間にか時間が過ぎ去っていて、日付の変わるような時間。
好物の蕎麦を買って、アパートに戻る途中。
…………誰だ?
見かけないナリのおっさんが一人、俺のアパートの下、階段の前で佇んでいた。
怪しいといえば怪しいが、今の俺に詮索するような気力は無い。
俺はおっさんの横を通って階段を上がろうとして…………おっさんに腕を掴まれた。
「っ!…………何だよ」
不審なおっさんに俺は警戒した。
「失礼、君は神田君かな?」
「…………そーだけど」
「ああ、やっぱり…………君はお母さんに良く似ている」
おっさんはそう言って、帽子を取った。
暗がりに目が慣れてくると、おっさんの顔が段々見えてきた。
髭と眼鏡。
「…………あんた、誰だよ」
「ああ、ごめんね君は私を知らないんだったね。…………私の名はティエドール。君のお母さんの知り合いだよ」
「…………」
「所でお母さんは留守かな? 会わせて欲しいんだけど…………」
「母は…………死にました」
「!」
ティエドールとか言うおっさんは、心底驚いたように小さな目を一杯に見開いた。
「え?! 本当かい!?」
「…………そんな悪趣味な嘘、つきません」
「…………な、んという事だ…………」
おっさんは目に見えて消沈し、引く俺を置いてけぼりにぼろぼろと涙を溢し泣き出した。
「…………あの子の行方が知れなくなって二十年、やっと居場所を突き止めたと思ったのに…………」
「…………あの、」
おっさんの握力は意外に強く、掴まれた腕が痛い。
軽く腕をゆするとおっさんがはっとして腕を放される。
「ああ、ごめんね、…………しかし、いつ?」
「一週間程前です。…………癌で。あの、貴方は母の知り合いなんですか?」
母上は、殆ど自分の話をしなかった。
俺は母上が未婚の母であった事すら、口さがない近所の人々の立ち話で知ったのだから。
「…………そうだね、話せば長くなるから…………何処かまだやっているお店はあるかな?」
流石に家に上げろとはおっさんは言わなかった。
「…………ファミレスなら、近くに」
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