パシャッ…………


 柄杓で流した水が石を黒く染め上げる。
 漂う白檀の香りに、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

「…………不義理をして、申し訳ございませんでした。…………母上」

 …………小さな墓石の前で、膝をついて詫びる。

「俺は、元気です。…………どうにか上手くやっていけています。ですから、どうか、」

 今はもう遠い人に、届けと願った。

「俺の事はお気にせず…………休んで下さい」 

 仏花を花瓶に挿し、細い煙を上げる線香を焚く。
 …………墓参りを終えて、俺は立ち上がった。

 墓場には季節の為か時間の為か、俺の他に墓参りの人間の姿は見えない。
 溶け残った雪と枯葉が舞い落ちる様に物悲しさを感じ、俺は駐車場に向かった。

 
 
 俺が乗ってきたうちの車の他に車も見当たらない。
 駐車場の真ん中に止められた車の前に、人影が一つ。

「思ったより早かったな」

 …………待っていた父上が、車に体を預けながら煙を上げていた。

「…………そうですか?」
「…………帰るぞ」

 俺の頭にポン、と手を置いた父上はさっさとドアを開いて運転席に乗り込む。
 俺も隣に乗ると、車はいつもよりはいささか乱暴に走り出した。


 




 俺達はもう間も無く卒業だ。
 この学校に来て然程経たない俺はともかく、初等部の頃からの持ち上がりのラビはそれなりに感慨があるようで、何かと口にする。
 
「やー、長かった様であっという間さー」
「俺は実際あっという間だがな」
「そりゃユウはね。ここの学食とももうじきお別れかー」
「学食だけかよ」

 大体卒業生なら来ていいんじゃなかったのか。
 あ、大学から離れてるからか。

 下級生のファンとかいう奴らは事ある毎に「また来てください」とかラビに泣きついている。
 …………やっぱ会長やってただけあってこいつ人望あるんだな…………。

「ユウ、今日は何勉強してく?」
「…………そうだな、」

 …………卒業が近いって事はようするに入試にも近いって事だ。
 家で勉強してもいいんだがやっぱり気が散るだろうとラビが言うので、俺は基本的には学校で勉強している。
  
「試験近いし、ラストスパート頑張るさっ!!」

 勉強するのは俺なのに、俺以上に気合が入っている(ように見える)ラビに、俺は少しだけ笑った。






 二時間程勉強して、買い物をしてから家に帰る。
 荷物を広げて早速料理だ。勉強に裂いた為だが時間がない。
 隣では俺がこの家に来た当初よりは大分慣れた手つきで野菜をみじん切りにするラビとティキの姿。モヤシは部活だからまだ帰ってこない。…………あいつが一番食うんだが。
 魚をワインで蒸し上げる間に、ラビ達が切った野菜でソースを作る。

「ほんとにユウは器用さぁ」
「あ?」

 何だ? 今更…………

「是非お嫁に来て欲しいさ」
「男は嫁にはならねぇだろ」
 
 たまに、いや結構頻繁にだがこいつらはこういう意味不明な事を言う…………。

「分かってないさー」
「分かってないねー」
「?」

 …………何故かティキとラビは顔を見合わせて溜息をついた。

 …………?

「あーあ、俺達の想いが通じるのは何時なんだろー…………」

 何の話だ?

 奴らの意味不明な物言いに首を捻る、そんないつもの日々。
 俺は気付かなかった。忙しくも穏やかな日々。迷惑でうざったい時も大いにあるが、それでも大切な家族との関係。
 そんな日々が、関係が、変わろうとしている事など。 

120へ