ドサッ

 縄で後ろ手に縛られた体が、絨毯の上に放り出された。
 車の中では床に転がされ、結構な時間放置された所為か、身体全体が筋肉痛でも起こしたみたいに痛む。

「おい、乱暴に扱うな!」
「も、申し訳ございません」
「いいさ別に。こいつが頷くまでは荷物扱いで充分だ」
 
 目の前でのその遣り取りに、俺を此処まで連れてこさせただろう、そいつを睨み付けた。
 目の前には黒服が三人と、そいつらに囲まれて一人掛けのソファーに掛けている奴が一人。
 丁度俺が放り出されたのは、そいつの足元だ。
 視線が合うと、 ニヤリ、と笑った。その顔が、もう予想はついていたけれどその予想と寸分代わらなかった事に驚きと――――――嫌悪感を感じる。
 覗き込むようにして顔を近づけてきて、俺に手を伸ばしてきた。
 

 ビッ!


「っ!」


 乱暴に、口許に貼られていたガムテープが剥がされた。
 その拍子に唇の皮が切れたけれど、声なんか上げはしない。

「…………よう」
「…………」
「久し振り、元気にしてたか?」
「…………」
「十年以上ぶりの再会なんだから、もうちょっと嬉しそうにしてくれたっていいじゃんか」
「…………こんな事されて、どうやって喜べって?」
「ククッ…………」

 低く返すと、喉で殺すように笑った。

「ハハッ…………アハハハハハハハッ!!」

 …………段々その声が大きくなって、遂には哄笑となって部屋に響く。
 異様な様子に、黒服三人が固唾を呑むようにして見守っている。
 狂ったように笑い続けるそいつを、俺は睨み続けた。

「…………略奪者から奪い返すのに、手段なんか選ぶ訳ないだろ?」
「…………どっちが略奪者だ」

 人の事、誘拐しておいて。

「略奪者さ、あの男なんて。…………お前も、あの人も、」

 腕が伸びてきて、俺の喉に触れた。
 

 ざわっ


 瞬間、二の腕が粟立つ。
 思い出したくない感触に、自然と呼吸が乱れた。

「全部全部、あいつが奪った!」
「…………違う、」
「違わない」
「違う!」
「嘘だ、だってお前だって本当は思っただろう? 考えただろう? …………誰の所為で、母さんが、って」
「…………っ!」

 …………確かにそう思った事が、一度も無かった訳じゃない。

 ――――――どうしてお母さんを選んでくれなかったの?
 俺は、俺達は、いらなかったの――――――?

 ドウシテソノヒトナノ?


 愛しく思うのも、
 年月がどれ程経っても、
 クロスが求めていた女は一人だった。 

 ――――――ユウのお母さん、ただ一人だった。
 其れを愛と呼んだのか執着と呼んだのかは、知らないけれど。 
 
「…………俺は、」
「…………」
「俺が、選んだんさ」

 だけど。
 それを知りながら、俺は選んだ。
 全部、家名も財産も、いい事なんて殆ど無かった思い出も全部捨てて、クロスと共に、クロスの元で暮らす事を。

 だって 「此処」に 俺の居場所は 無かったから。

「…………大概強情だよな、お前も」
「…………」
「いいさ、お前が頷くまで何時までだって此処に閉じ込めてやる」
「…………お前は、俺に何をさせたいんさ」
「…………此処で、」
「…………」
「もう一度、此処に、」

 
 帰って来い。


 その言葉だけ残すと、目の前の奴は無造作に立ち上がった。
 その背に向かって、見苦しかろうが何だろうが、俺は叫んだ。

「絶対頷くもんか! 何時まででも、何時まで経っても!」
「…………」
「こんな事で、俺が自由に出来るとなんて思うな! ――――――ディック!!」

 俺の叫びに、ドアの近くに居た奴が――――――まるで鏡を覗き込んでいるかのような錯覚を覚えさせる、俺の従兄が振り向いた。

「――――――餓死しかければ、流石に考えだって変わるだろ?」
「変わんねぇさ!」


 ガチャンッ


 ドアが閉められ、鍵が掛けられた。
 人の気配が去っていく。
 小さく唇を噛んだ。
 連れ去られる寸前、ユウが必死に手を伸べていたのを、見ていた。
 だけど俺はその手を握り返せなくて。
 殴られたみたいだったけれど、大丈夫だろうか。怪我、してないかな。

 浮かんでは消えるのはそんな事ばかりだ。


 ――――――負けるもんか。
 絶対、負けるもんか。



 俺は帰るんだ。
 ユウ達の所へ。   

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