結局、昨日のうちには連絡が来なかったらしい。
 らしい、というのは僕とティキは交代で、神田の下で休んでいたからだ。
 師匠は一晩中起きていたようだけどそんな疲れは微塵も感じさせない。

「いい年の割りにはあんた若いよね」
「…………」

 ティキが褒めたつもりが睨まれた。言葉って難しい。
 
「まだ割れないの? 偽装?」
「知らん」

 ナンバーで所有者の割り出しをかけるのにこんなに時間が掛かるのも珍しい。
 …………偽装か、盗難車、或いは所有者本人がそういったデータベースに登録させないようにしているかのどれかなんだろう。最後の場合はそれなりに金銭的な余裕がある人間に限られる。

「セコい誘拐犯じゃないってコト?」
 
 私怨。金銭目的。師匠に対する、ビジネス的な利益を狙った何か。


 ピンポーン


「「?」」
「ああ、もう来たのか」

 鳴った来客を告げるインターフォンの音に一瞬僕と師匠に緊張が走るが、ティキが分かっていた様子で立ち上がって迎えに行ったので興味が失せた。
 鳴らない電話を睨みつける。
 これが師匠に対して何らかの意図を持って行われたのならば何かしらの連絡は来る筈なんだ。脅迫という名前の、連絡が。

「…………最悪なのはあいつ自身が狙いの場合だがな」
「…………っ」

 身体。命。
 そうなると、連絡を待つのは意味が無い。
 ラビを連れ去った時点で目的を完遂しているとなれば。

「?」

 不意に玄関が騒がしくなった。
 やがて、ティキより先に来たのが、

「デビット、ジャスデロ…………」
「おいなんか連絡あったかよ!?」
「神田の怪我、大丈夫っ?」

 ジャスデビだった。

「おいティキ、」
「いないよりはいいでしょ」

 …………ティキが呼んだらしい。
 まぁ確かにいないよりは、だ。
 
「営利目的?」
「まだそれもはっきりしないんですよ」

 いっそそれであればまだ良かった。


 リリリリリ、


「「「「!」」」」

 丁度その時。
 師匠の携帯が鳴った。

「…………俺だ」
「師匠、」
「アレン。神田呼んできて」

 師匠に声を掛けようとしたら、ティキに遮られた。
 その真面目な顔に、直ぐに頷いて階段を駆け上がる。


 コンコン、


「入りますよ神田、」
「…………」

 ノックと共に入った先の部屋。
 神田は既に起き上がって、着替えを済ませていた。
 シャツにスラックス。手には黒い、一振りの、神田がいつも大事にしている刀…………の模造品? かな? 

「連絡が来たみたいです、降りてきてください」
「…………分かった」

 神田を伴ってリビングに取って返すと、そこではソファーから離れた面々がリビングの隅にあるパソコン(ラビの私物だ。本人はパソコンじゃなくてワークステーションだと言ってたけど正直何が違うのか全然分からない)に集中していた。パソコンラックの上にあるプリンターが紙を吐き出している。

「データ、メールで送って貰ったんだよっ」

 ジャスデロが僕達に向かって早口で説明してくれた。
 紙に書かれているのは英語の文。

「…………あー、クソッ!!」

 読んでいた紙を片手に、師匠が珍しくも舌打ちして髪を掻き乱した。

「…………こりゃー連絡なんか来る訳無いよな…………」

 続いてティキが溜息をつく。

「え? 何? 何??」
「何処だよっ!?」 
「師匠…………?」
「読んでみ?」

 ティキから手渡された紙を、神田やジャスデビと一緒に覗き込む。
 
「…………ちっとも分かんねぇ」

 神田が不機嫌に呟いた。そりゃ、まぁ母語が英語じゃないんだからしょうがない。

「『ブックマン』…………?」
「何か聞いたことはあるよな?」
「世界で一番大きい半導体のメーカー持ってる財閥だよっ! ヒヒッ!」
「ジャスデロ、ご名答」

 バタバタとパソコン前の椅子に掛けたままのティキが拍手ならぬ拍足した。
 ジャスデロはこう見えて意外に博識だ。
 
「んでもって、ラビのお袋さんの実家な訳だ」
「「「「…………」」」」
 
 その言葉に、僕らは一斉に沈黙して顔を見合わせた。

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