「今更過ぎる。…………こいつ、ティムキャンピーっていうのか」

 見たところ、まだ仔犬だ。
 思わず屈んで、手を出す。
 
「だ、駄目です神田っ、噛みますよその子!!」
「…………あ?」

 こいつが?

「普通に懐いてるぞ。ほら」

 ちょっと顎を撫でてやったら、身体全体擦り付けて来たくらいだ。

「…………あ? あれ?」

 見ればモヤシの手には散々噛みつかれたかのような傷跡が残っている。

「くぅーん」
「お、じゃれてる」
「な、何で――――――!?」

 納得いかない、そんな顔でモヤシが叫んだ。
 何で、って…………そんな事知るか。

「牛乳やハムはこいつにやったのか?」
「あ…………はい、」
「…………そんなもんばっかり食わせると病気になるんじゃ無いのか」
「え!? そうなんですか!?」
「確かな…………」

 相変わらず仔犬は身体を擦り付けて来る。何だ?

「甘えてるのか? お前」
 
 …………まぁ、懐かれるのは満更でもねぇ。

「んで。何処で買ってきたんだ?」
「…………違います。捨てられてたんですその子」
「…………。」

 …………まぁ、よくある話なのかもしれない。
 個人的には許せる話では無いが。
 俺も昔、犬を拾ってきて母上に溜息をつかれたな。
 結局アパートではどうしても飼えないから、母上の同僚の人に飼って貰う事になったが…………。

「父上の許可は取ったのか?」
「…………う、」

 だろうな。
 取ってあるなら隠し立てする必要は無い。

「師匠、あんまり好きじゃないんです。動物とか…………」
「…………ふむ」

 確かに、そういうタイプの人ではない。

「それにしたって隠し通しにする訳には行かねぇだろ。まさかずっとこの部屋に閉じ込めておくつもりか?」
「…………」

 そう聞くと、モヤシは項垂れた。

「…………取りあえず。そいつ連れて、下行くぞ」
「!」
「父上には俺も一緒に頼んでやるから」
「はい」

  






「お、かわいいじゃん。何犬?」
「分からないですけど、多分レトリバーと何かの雑種です」
「へー、じゃあ将来大きくなるんさ?」
「多分」
「…………。」

 下に連れて行くと、ティキとラビが興味津々の顔でモヤシが抱くティムに近付いた。
 父上は…………微妙な顔だ。

「…………駄目ですか?」

 隣に座って父上を見上げる。

「…………、…………。あのな」
「はい」
「躾は出来るのか。バカでかくなる犬なんざ躾けなきゃ大惨事だぞ」
「それはアレンがするそうです」
「餌の準備は」
「それは俺が」
「…………。」

 いかにも乗り気じゃない、そんな顔で父上が目を覆う。

「きゃんっ」
「お、鳴いた」

 見ればモヤシがティムを放して、床で好き勝手にさせていた。ティムは床の匂いを嗅いでいる。

「こっち来るさ?」


 かぷっ


「〜〜〜〜〜!? ってえぇぇぇぇ!!」

 あ。ラビが噛まれた。 
  
「痛い! 何で噛むんさ!?」
「そりゃお前突然頭撫でようとしたからだろ。犬って頭突然触られると殴られると思って警戒すんだぜ? だから…………」


 がぷ。


「いて――――――!!」

 …………ティムの顎に触ろうとしたティキも、手を噛まれた。
 あーあ…………。

「ちょっと! 大きな声出さないでくださいよ、ティムが怖がってるでしょう!?」
「お前もな。…………ほら、おいで」

 呼んでみたら、よたよた歩いてこっちに寄ってきた。
 俺達の座るソファーの前まで来て、不思議そうな顔をしている。

「?」
「…………。」
「駄目ですか?」
「…………。」
「きゅー…………」

 ティムが、父上のズボンの裾を噛んで引いた。
 父上の眉間に皺が刻まれる。

「駄目だ。こら」

 床から拾い上げて、ひざの上に乗せた。
 ティムと一緒に、父上を見つめる。
 モヤシとティキとラビは固唾を呑む表情でこっちを見ている。

「…………。…………。…………。好きにしろ」

 根負けした、そんな顔の父上が諦め気味にそう言うと、

「わーい!」

 モヤシが諸手を上げていた。

「良かったねティム、これでうちの子になれるよ!」
「ひゃんっ」

 モヤシがそう言うと、ティムが一声鳴いた。
 
「一杯ご飯食べて大きくなって、早く立派なバター犬になるんだよ!」
「「「ちょっと待て」」」
「…………?」

 …………? 何やらまた騒がしくなったが、まぁいいか。

 俺は、膝の上で丸くなったティムの毛並みを撫でて、奴らの騒ぎ声をBGMに目を閉じた。 


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