「…………」

 咲き誇る花々。
 その数、種類に圧倒されて暫く目を瞬いた。
 …………花屋顔負けだ。

 屋敷の敷地自体はうちよりも狭いようだったが、庭の広さ、そして見事さは此方が遥かに上だった。
 花になど興味は無い、無いが…………これだけ視界を圧倒する色の洪水を見れば、誰だって息を呑むだろう。
 惹かれて一歩足を踏み出す。

「…………」

 まるで現実じゃねぇみたいな光景だ。
 歩けるようにと丸太らしきもので舗装された小道を歩く。
 後ろから一人、影のようにメイド? みたいな奴がついてきていた。

「…………本当に」
「?」

 多分庭の真ん中辺り。
 その辺りまで来た時、それまで無言で、足音すら立てずに着いてきていたそいつが呟いた。

「昔を思い出しますわ…………。お嬢様にも、こうしてご一緒させていただいたものでした」
「!」

 その単語に、どくん、と心臓が跳ね上がった。

「ユウ様。…………どうか、旦那様をお一人にさせないで下さいませ」

 群青色の相手の瞳は、柔らかな色を湛えたままだ。

「お嬢様がこのお屋敷を出て行かれた後の旦那様は…………それはそれは、お寂しそうでしたから。…………この花園がこのように色を取り戻したのも、この一年程の事でございます」
「…………」
「申し上げても詮無い事ではございますが。旦那様にはお嬢様お一人の他には、お身内もいらっしゃらないのでございます」

 いいながらそいつは、屋敷の中の方を見た。

「これ程のお屋敷に、お一人…………。勿論私共もおりますが、しかしながら、旦那様のお寂しいお気持ちは、私共では癒せないのでございます」
「…………俺は、」

 だけど、俺は。
 俺の帰る場所は…………。

「ええ、ええ。勿論分かっておりますわ。マリアンの旦那様も、兄上様も弟君様方も、誰も貴方様を手放そうなどとは思わないでしょうし、お許しにもならないでしょう。ですけれど…………たまには、こうして此方にもお出でになってくださいませ」

 スカートの裾を摘んで、そいつは深々と頭を下げる。

「私共は、何時でもお待ちしております」
「――――――…………」

 何故か、暖かくそれでいて寂しいような、そんな複雑な気分になった。






「え…………? 絵ですか?」
「…………いいですけど」






「お、お待ちくださいませ!」
「只今旦那様にお取次ぎいたしますので…………!」
「いえ結構です。身内を連れ戻しに来ただけですので」

 他家への訪問としては、余りにも無礼。
 分かってたけど、ユウを連れ戻す手段ならなんでもいい。

 使用人達が右往左往する中、ズカズカ屋敷の奥深くまで踏み入った。

 その内の一室から人の気配がして、その中に踏み込む。
 こちらに背を向けて椅子に腰掛けている後姿、それが探していた人間のものである事に気付いて声を掛けた。

「ティエドールさん。ユウを迎えに来ました」
「おやおや…………もうかい? 随分早かったね」

 何時も通り相変わらずの笑みを浮かべたティエドールさんが俺を振り向いた。

「しかしね、もう少し待ってもらえないかな?」
「何を…………、!!」

 俺の目は、最初、そのティエドールさんの目の前にいたユウの姿に吸い寄せられた。
 髪に花を結いつけたユウの胸は微かに上下していて、今眠りの中だという事が知れる。
 それから、ティエドールさんの前に置かれた一つの大きなキャンパス。

 そこには、二人の人間が描かれていた。

「――――――、」
「ずっと、この右側には誰を描こうか悩んでいたんだ」
「…………」
「何時か、この子が愛した人間を描こうと、ずっとそう思っていたからね。かといってクロスを描くのは…………ねぇ?」
「…………」

 その絵は描かれて相当の年月を経ているのだろう事は、絵の具の色の感じからも門外漢の俺にも分かった。
 白いワンピースを着た、黒髪の女の人。今のユウがそうであるように、その艶やかな髪に花を飾っている。
 ソファーに腰掛けて、やっぱり眠ってるみたいだった。
 そしてその右隣は不自然に空いていて…………だけど今、そこにユウが描かれている。

「…………この絵のタイトルは?」
「『我が最愛の娘と、その子』でどうかな。はは、安直過ぎるかな?」

 言いながらもティエドールさんの絵筆のスピードは衰える事が無かった。

「描き上げるまで、もう少しだけ――――――待っていておくれ、ラビ」



after days 30へ

after days 28へ
beautiful daysトップへ  



小説頁へ