休日の午前中の一時。
リビングで好き勝手に過ごしていた俺は、ティキが受けた電話に顔を上げた。
「…………ん? ああ、俺。…………んー? いや、分かんねーって。今リビング」
「?」
その会話に、同じテーブルを囲んでモヤシの勉強を見てやっていたラビも顔を上げてティキを見る。
モヤシはそれ所じゃないらしく、頭を抱えて呻いていた。俺も成績については残念な部類なので、気持ちは分かる、と胸中で頷く。
「書類ぃ? ああ…………分かった、見てみるわ」
ティキは立ち上がり、リビングを出て行く。
「父上か?」
「多分。会社のことはティキしか分からんさ」
出て行ったティキは、俺達が各自の茶を飲み終わった頃に戻ってきた。手にはでかい封筒が一つ。
「どしたん?」
「これ、必要になったとさ。仕っ方ない、面倒だけど届けに行ってくるわ」
「会社にか?」
「うん、そう」
「…………」
会社…………父上の。
それが一つじゃなくて、幾つもある事は知っている。
だが俺は一つも知らなかった。場所は元より社名でさえも。
興味はあるが、しかし物見遊山の類では無い。仕事だ。言い出せずに、そわそわする。
「一緒に来る? 神田」
「! いいのか?」
「別に何の問題もないって。それに、顔に行ってみたいって書いてある」
ティキに笑顔で言われて思わず頬に触った。…………書いてあるわけなんかねぇのに。
「あー、ユウ行ったこと無いんだっけ」
「そうだねー。クロスの秘蔵っ子って事で会社でも話題になってるけどねぇ。お前らは?」
「僕も、行k」
「ああうん、俺達は行かないから。アレン、この課題月曜提出さ?」
「う゛…………」
恐らくは、行くと言いかけたモヤシに対してにっこりと笑ったラビが幾つかのテキストを纏めて、手のひらにポンポンと打ち付けた。
…………やってねぇな、あれ。絶対。
「あれま。じゃあしょーがない、お留守番よろしく」
「はいよー」
ティキに手招きされ、俺はそれに従い外へ出た。
外で待っていたのは父上の、仕事に使う車だ。見たことはあるが乗ったことはない。
うちには車は複数台あるが、運転手は一人しか居ない。朝はまずは父上を会社へ、そして俺達を学校へ送り届けるそいつは多分重労働だ。
恭しくドアを開かれ、ティキには先に乗るように促される。俺が乗った後にティキも向かい側に乗り込んだ。
「旦那様が、至急、と仰っておりましたので高速を使わせていただきます」
「ああ、任せるわ」
ティキはそう言って背もたれに深く凭れかかった。
初めて乗ったが、贅を尽くしてあるのは簡単に見て取れた。シートはアイボリーの本革、フロアマットは靴が沈むほど厚い。
エンジンも、走っているのかどうか分からないくらい静かだ。――――――最も、俺自身の好みは下から突き上げてくるような五月蝿い奴だが。静か過ぎると動いてるかどうか不安で微妙だしな。
ファントムという名前に相応しい走りで、車は高速道路をすっ飛んでいった。
都会のど真ん中、駅前の一等地であろう場所に、そのビルは聳え立っていた。
下から見上げると一番上が見えない位だ。
大きな自動ドアの前には守衛が二人立っていて、ビルに入ろうとするものを監視している。
「…………、」
何か、こう…………想像以上だ。
気後れして立ち止まっていると、肩を竦めたティキが先導した。ティキに最敬礼する守衛に片手を上げて応え、ビルの中へさっさと入って行く。
こんな所で置いて行かれては堪らない。
俺も慌ててその後を追った。
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