入った先のエントランスは、広かった。
 上を見上げればそこは吹き抜けだ。一番上は見ることすら出来ない。
 入ってすぐの所でティキが待っていた。足早にその傍に近寄る。
 受付に向かおうとしたとき。

「専務!」
「げ」

 聞き慣れない単語でティキが呼び止められた。そのティキは心底嫌そうな顔を作って振り返る。

「ああ、丁度良い所に! 実は…………」
「あ〜…………神田ごめん、一人で持って行ってやって。社長室、受付で聞けば教えてくれる筈だから」
「あ、ああ」

 ティキが小脇に抱えていた封筒を受け取り、一人で受付カウンターに向かう。と、顔を上げた受付嬢の一人が俺を見た。その目にはどこと無く、冷ややかな色が見て取れる。…………何だ?

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「父…………いや、社長に届け物を」
「こちらでお預かり致します」

 …………いや…………いいのか? 重要書類みたいだが。

「直接会って渡したい」
「…………アポイントメントはお取りでしょうか」
「アポ…………?」

 何だ?

「お約束は、ございますか?」
「いや、約束というか…………」

 向こうから呼ばれたんだが、それは約束の内に入るのか?
 分からずに眉根を寄せていると、

「社長は多忙でございますので、お約束が無い方とはお会いになりません」

 素っ気なく切り捨てられた。
 …………そう言われてもな。

 いっそ電話して、ここまで来てもらうか…………
 此処で足止めされ続けるよりは賢い選択だろう。

 電話を探してポケットを探る。と、

「どうしたの?」
「ティキ、」

 話は終わったのか、後ろからティキが覗き込んできた。…………いや、終わってなかった。後ろの方でさっきティキに話しかけてきてた奴が、なにか言いたげにそわそわしている。

「専務!」

 そこにいた三人が全員さっ、と立ち上がった。随分な対応の違いだな、おい。

「クロスは?」
「ただいまのお時間ですと、会議中でいらっしゃいますが…………」

 言いながら俺をちら、と見る。

「あ、そう。俺達クロスにお使い頼まれたんだよねぇ。多分会議に使う書類みたいだけど」
「!」
「ああ、通していいよ。うちの弟の一人。重役室でも社長室でも、自由に連れて行ってやって」
「か、畏まりました」

 俺を応対していた奴が丁寧に腰を折り、そいつじゃない別の受付嬢がカウンターから飛び出してきた。

「ご案内させていただきます。こちらでございます」

 …………行っていいのか。

 何だか良く解らんが…………と胸中で首を傾げながら、俺は着いて行った。










「失礼いたしました、専務。社長と専務のお身内とは存じ上げず、」
「ああ…………まぁいいよ。これで顔覚えたでしょ?」

 まるっきり不審者にする対応だったけど、まぁ仕方ない。多分この娘、「例のクロスの客」だと思ったんだろうけど…………
 そもそも悪いのは会社にそういうのを連れ込んでたことがあるクロスだ。
 咎めを怖れて表情を硬くする受付の子には手を振って今回ばかりは見逃してやるのポーズ。

「専務、それでこちらが…………」

 事は終わっただろうと再度面倒を持ち込んできた部下に嘆息して、

「今日は厄日かよ…………」

 思わず呟いた台詞に同意してくれそうな奴は、残念なことに今此処には居なかった。






 エレベーターに乗り、連れて行かれた先は最上階。
 案内人が首から下げていたカードをドアに付いていた小さな箱のような機械に翳すと、ピッ、と小さな音がしてドアが勝手に開いた。

「こちらのソファーでお待ちください。社長にお伝えして参ります」

 部屋の真ん中あたりに鎮座しているソファーセットを示すと案内人はそそくさと出て行った。
 暫く辺りを見回してみる。…………広い。
 勝手に探索していい部屋でない事位は分かっていたので大人しくソファーに座った。柔らかく、体が包み込まれる。
 …………思えば朝から気忙しかった。起きた時間自体は何時もよりも遅いが、そもそも朝一であの騒ぎだ。疲れた。




 瞼が重くなるのには、そう時間はかからなかった。



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