――――――三月十四日、午前零時。


 バタンッ!


「神田ぁぁぁぁぁぁ!」
「ユウぅぅぅぅぅぅ!」

 荒々しい二人の闖入者によって開かれた扉の向こうは――――――

「あ、あれ?」
「い、ない…………?」

 無人だった。
 そして部屋の主の代わりにと置かれた紙には、ただ一言が書き付けられてあった。

『探すな』








「ユウが逃げた」
「「…………」」

 仏頂面でティキとクロスに伝えると、二人は俺達に負けず劣らずの仏頂面だった。いや理由は俺達とは違うかもしれないけれど。
 何せ今は零時二十分――――――緊急家族会議を開くには遅すぎる。現に四人中二人はパジャマ姿だ。
 だけどそんなことより今の俺達には重要なことがあった。
 この日この時間に、いるはずのユウがいない。
 それ大問題さ。

「『今日』がどういう日か位、分かってるっしょ?」
「…………それで? お前らはアイツを追っかけまわすつもりか」
「当たり前じゃないですか」

 ごく自然、当然の事のように頷くのはアレン。俺も全く一緒の考えさ。

「…………この調子じゃそりゃ逃げるよね神田も…………」
「何か言った? ティキ」
「…………いーえ、何でも」
「しかし、まぁ…………お前らの『理由』はともかくだ」

 クロスが銜えていたタバコを灰皿に押し付けながら言った。

「こんな時間に無断外出ってのは誉められた話じゃねぇな」
「まぁそりゃそうだろうけどさぁ…………俺だって逃げるよ、こいつら怖ぇもん」

 こいつら、と言いながらティキが俺達の方を指さした。
 怖い、ってヒドい。俺達はただユウにこないだのお返しをしたかっただけなのに。体使って。

「それが怖いんだってば! 二人がかりでナニするつもりなんだよ!」
「ナニするつもり」
「ねー」
「ねー、じゃねぇー!」

 喚くティキを無視して、俺はクロスに向かって微笑んだ。

「っつーワケで…………車貸して?」

 俺達は何としても、ユウを今日中に探し出さなきゃ行けないんだ。












「そっちどう?」
『見つかりません…………どこ行ったんでしょう?』

 三月十四日午前十時。
 流石にこの時間になってもユウが戻らないことを訝しみ心配したクロスとティキも加わり、俺達は総勢四人でユウを探し回っていた。
 俺達はバラバラに別れ、家に残り司令塔を兼ねてるクロスの他は外に出て心当たりの場所を虱潰しに探している。取り敢えずユウの行き先になりそうなところには片っ端から電話しついでに突撃した。だって例えばユウが匿ってくれ、って言ったら皆匿うだろうしね。
 俺はたった今ジャスデビの家を偵察してきたばっかりだ。結果は白。ここにユウはいない。
 呆れ返った眼差しのジャスデビは見えないことにして置いた。
 アレンはティエドールさんの家に向かってて、そっちもどうやら望み薄、らしい。

「あとユウが行きそうな所って言ったら…………」
『大学は? 見ました?』
「あー…………まださ、確認してくる」

 学校まで車を使わず行くのは難しいから、余りないとは思うんだけど。(ユウは夜中にいなくなったけど、車は使われた跡は無かった)

「そいやティキは?」
『何か別口のルート探してるみたいですけどよく分かんないですね』
「ふーん…………」

 まぁ正直あんまアテにしてないし、いいんだけどさ。

『じゃあラビ、僕次についたんで』
「わかった、またあとでな」

 ピッ

 携帯の終話ボタンを押してポケットにねじ込み、車のシートにもたれて溜息を付いた。

「…………何処行っちゃったんさ? ユウ…………」

 






「てゆかさ、これそろそろヤバくない?」
「…………」

 午後四時。
 出先から戻ってきたティキのセリフに大きく溜息が零れた。
 奴の担当はユウがかつて暮らしていた場所だ。曲りなりにも十八年暮らした場所なら多少なりとも縁のある人間はいるかもしれない――――――との考えから。
 だが結果は全くだ。…………親子揃って他人と関わるのは苦手だったか。

「まぁな」
「おかしーって、絶対。こんだけ探しても見つからないなんて。あのさ、なんか厄介事に巻き込まれたとかはない? 家でたのは神田自身でも、そのあと拐かされたとか…………」

 空恐ろしい事を言い放つ奴を見た。自分自身視線が鋭くなっているのは分かる。

「それは無い事を願うばかりだ」

 欲に目が眩んでいるクソガキ共はともかく確かにこれは異様な事態だ。
 
「…………こりゃあいつらじゃねぇが、戻ってきたら説教だな」








 午後十時。

「じゃあな、世話になった。…………此処まで逃げればもう大丈夫だろ」
「そう? 何なら泊まってけばいいのに」
「いや、いい。これ以上迷惑掛けられん」

 高校から程近いマンション。
 その一室の玄関で俺は家主に謝辞を述べた。

「すまなかった、迷惑かけたな」
「いや、別に迷惑って事も無かったけどね」

 首を傾げて笑うのは此処の家主――――――今となっては懐かしい、高校の保険医コムイ・リー。
 定期的にメールのやり取りはしていて、それが縁で今回緊急避難先にさせて貰った。
 昨日の深夜わざわざ車で迎えに来て貰ったし…………

「家まで送るのに…………」
「や、いい。迎え呼んだからな」

 先程運転手に電話したし、家から此処までが約四十分、往復すれば日付が変わる辺りで家に帰れる。
 そうすれば丁度いい。
 
「…………そう? 気をつけてね?」

 何故だか心配そうに眉根を寄せたコムイに再度礼を言って、俺は部屋から出た。
 外には見覚えのある車が待機している。
 さぁ、とっとと帰るか…………。



「…………ていうか結局帰るなら意味なくない? むしろ心配させたせいで逆上されない? …………なんだかなー」

 呟かれた冷静な第三者の言葉は、当事者に届くことは無かった。








「…………出掛けてるのか」

 車止めには車は無かった。
 一台は俺が使っているとして、あとの父上の車が見当たらない。
 まぁそれならそれで勿論いい。こっそり自分の部屋で息を殺していれば今日という忌々しい日も終わってくれる…………。


 ギィ、


 家のドアを、音を立てないように最新の注意を払いながら中に入る。リビングは真っ暗だ。
 いない…………とは思うが念のため電気は付けないことにする。
 暗闇とは言っても今日は月が綺麗に出ているし、大きな窓からその光が入るから問題無い。

 階段をゆっくり登りながら、一昨日辺りまでに奴らに散々言われたことを思い返す。
 ったく、あいつらときたら…………何が「ホワイトデーはユウを真っ白に染めるよ!」だとか「クリスマスに続く性夜にします!」だ。120%セクハラじゃねぇかそれ。
 父上やティキだって前のバレンタインの時になんかあいつらに同意してたし…………。
 ある意味この家に俺の味方はいないんじゃないだろうか。

 嫌な記憶に眉根を寄せながら階段を登りきり、部屋の前にたどり着く。
 ドアを開き、前室へ。此処は窓が無いから真っ暗だ。だは闇に目が慣れているためさほど苦ではない。
 寝室に入り、後ろ手にドアを締めて鍵を掛ける。

 明かりをつけて、荷を解こう。

 そう思ったん瞬間。


 カチッ


「…………あ?」

 勝手に、明かりがついた。
 眩しさに思わず目を閉じる。

 勝手に…………?

 いや違う、今電源を入れる音がした!


「おかえり、ユウ」


 そしてその声に、ざわっと背中が泡立った。

「ひっ…………」

 思わず情けない声が出る。出るに決まってる!
 
 嘘だろ…………?

 俺の眼前でにっこり笑って(だけど全員目が笑ってない!)勢揃いしてたのは、紛れもない俺の家族であり…………!

「もー、何処行ってたんですか? 探しましたよ?」
「全くもう、心配させてくれるんだから」
「さて…………まぁお前に言いたいことは今幾つもあるんだが…………」

「「「「取り敢えず…………覚悟はできてるね?(な?)」」」」
「――――――っ!」


 ホワイトデーはどうやら強制的に延長されるらしい…………。
 俺は引いていく意識の中で、こんな目に合うくらいならいっそ最初からおとなしくしておけばよかった…………と今更な事を考えていた。


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