「神田っ、神田ぁっ!!」
アレンが半狂乱でユウの名を叫ぶ。
ユウの血は頬と顎を伝い、床に落ちる量が段々増えていく。
思わず血の気が引いて、
「誰か! 保健室走って!! それからタオルっ…………!」
周囲で息を呑んで凍り付いていた社交ダンス部の部員に向かって叫ぶ。
上級生達がバラバラと走り出した。
二年が持ってきたタオルでユウの頭から頬にかけてを抑える。
…………白いタオルに、赤が滲んで来た。
「神田っ、神田…………!!」
「…………っせ、聞こえてる…………」
「ユウ、大丈夫!?」
「皮一枚切っただけだ、大げさにすんな」
…………そんな事を言われても、この出血量で信じられるわけがなかった。
意識はしっかりしてるし、会話も成り立ってる。だけど、
「すぐに保険医来るから、もうちょっとだけ我慢して…………!」
ユウの頭にタオルを当てたまま、ユウの体を横抱きにした。
アレンは真っ青な顔でユウに取り縋っている。
「嫌、だ、神田、死なないで、死なないでくださいっ…………!」
「これ位で誰が死ぬか…………」
…………やがてつれて来られた保険医が直ぐに救急箱を広げ、俺は邪魔にならないよう暴れるアレンを引き離してその肩を抱いた――――――。
「本人の言う通り、切れたのは皮一枚だね。でも頭部への衝撃だから少し心配だ、もし今夜中に気持ちが悪くなったら直ぐに救急車を呼びなさい」
「だから、破片が飛んできただけだって言ってんだろ!」
保健室。
体育館で軽く血止めをされたユウは、今保健室のベッドの上に寝かされていた。意識はしっかり保っており、視線だけ俺達に向けている。
保険医のコムイが、溜息をついて椅子に座っている俺を振り向いた。
「…………で、あっちはどうしようか…………」
…………アレンもまた、ベッドの上で寝かされている。
ユウの血を見た瞬間からのアレンの取り乱し様は、凄まじかった。
力がなまじ強いから、俺じゃ押さえつけようにも押さえつけられない。
パニックを起こして暴れ始めるともうどうしようもなかった。
…………今はコムイによる鎮静剤の投与で、落ち着いたけど。
「ったく、怪我した俺より五月蝿かったじゃねぇか」
ユウも口では悪く言いつつも、アレンの尋常でない様子が心配だったのか、しきりに隣のベッドの上のアレンを気にしているようだ。
―――――――アレンは多分、
「トラウマって奴さね…………」
誰ともなしに呟くと、ユウとコムイ、二人から一斉に視線を浴びた。
「…………何かあったのか?」
「…………ガキの頃、親しい人が目の前で事故死したんだって。俺も詳しくは聞いてないけど」
正しくは聞けてないけど、だ。
―――――――仄暗い色の、置火のようなものを宿した瞳が物語っていた。
…………これは踏み入れる領分じゃない、と。
「…………、」
ユウは無言になり、アレンを見つめていた。
ずっと、見つめていた。
目の前は、真っ赤。あれは誰の血? 僕の? それとも?
痛い。痛い。痛い。
誰か、
誰か、助けて。
誰か、――――――マナを、助けて…………
「――――――っ!!」
「あ、起きた?」
いつもそこで終わる悪夢が途切れ、僕は眼を見開く。
…………見慣れた天井だ。
そしてすぐ横から、ティキが顔を覗き込んできていた。
「…………ティキ…………?」
「お前さん眠ったまま学校から連れ帰られてきたの。覚えてる?」
「…………はい」
思い出すだけで体が震える。
広がる赤。止まらない赤。
「神田は大丈夫だよ。今ラビが一応傍についてるけど本人いつも通りにうぜぇって言って怒ってる」
「…………神田らしいですね」
「まーね。顔見に行く?」
「はい。謝らないと…………」
僕の所為で神田が怪我をしたんだ。
…………謝らなきゃ。
「アレン」
「はい?」
「…………こーゆー時は、ごめんなさい、じゃなくて、ありがとう、だろ?」
「…………え?」
「庇ってくれてありがとう、だろ?」
ティキは、僕に重ねて言った。
「お前さんが何かして自業自得的に怪我しそうになったんだったらまだしも、お前さんだって何も悪くはないんだから。――――――神田だって謝られるより、お礼言われた方が良いと思うけどねぇ」
「…………はい」
僕は小さく頷いて、ベッドの上で身体を起こした。
「つーかもう、いい加減お前部屋帰れよ!」
「駄目さ、気持ち悪くなったら直ぐ救急車呼べって言われてるっしょ?」
「だから、何で飛んで来た破片で切っただけで気持ち悪くなんだよ!?」
「貧血になるかもしれないじゃん」
さっきから馬鹿兎と押し問答だ。
ったくこいつもティキも、――――――モヤシも、たかがこの位の怪我でギャーギャーうっせーんだよ!!
切った位で何だ、別に骨が折れたわけでも頭直撃した訳でもねーってのに…………
「ったく…………疲れる…………」
「ああほら、やっぱり血が無くなったからさ!!」
「ちげーよ!!」
確実にお前の所為だ!!
「…………あのさ、ユウ」
「なんだよ」
「心配くらい、させてくんない? これでも一応俺、心臓凍りそうだったんだよ?」
「あ? な…………」
何言ってんだ、って言うつもりだったんだ。
だけど、ふと視線を合わせた先のラビは、これまで――――――あえて言うなら俺が呼び出されて絡まれてた時のが一番近いのか――――――? 見せたことがないような、本気の目をしていた。
「…………危ない事して、って文句言うつもりはないさ。アレンがそれで助かったんだから。――――――だけどさ、すっごい心配だったんだよ? 俺もアレンも、勿論ティキも」
「…………」
…………くそ、何で説教されなきゃなんねーんだ…………
「ユウが場数踏んでて強いのは分かるし、怪我し慣れてるのも分かるけど…………ね」
…………ラビが、俺の頭を撫でた。
「頼むからあんま無茶しないで。俺、ハゲそうさ」
「…………ちょっと見てみてぇなそれは」
「酷っ!?」
――――――俺達がそんなどうでもいいやり取りをしていた時だった。
コンコン
「入るよー。おお、やっぱ元気そうじゃん」
「あ…………神田、大丈夫ですか?」
「駄目そうに見えるのかお前には」
「いえ…………全然」
ティキと、モヤシがいた。