――――――夕飯の時間になっても、モヤシは一向に降りてくる気配が無かった。
「…………はぁ」
思わず溜息をつく。
…………部屋に篭っているモヤシが何をしているのか、知らない。
――――――気にはなる、んだが。
連れ出しに行っていいのか、分からなかった。
父上もティキもラビも、皆その話題に触れるのを嫌がるような素振りを見せるから、結局俺は何が何だか良く分かっていない。
そのティキとラビは今父上に呼ばれて父上の部屋にいる。
俺は事情を知らない所為もあるのか、蚊帳の外だ。
…………別に、しょうがねぇけど。
…………母親、なんだよな。あのさっきの女が。
遠目にしか見ていないから何とも言い切れないが、余り似ているようには見えなかった。
ましてあの女は茶色の長い髪だったから、
…………ってモヤシは白いのに、何で…………?
既に食事の用意は出来ている。
モヤシは出てこないわ、父上達は戻ってこないわで俺は独りダイニングで椅子に座っている。
…………この空気、好きじゃねぇ…………。
俺が本日何度目か忘れた溜息をついたときだった。
――――――ガシャンッ
「!!」
俺の耳に、破壊音が聞こえた――――――。
…………音の出所は、予想がついた。
俺は二階のモヤシの部屋の前で佇む。
…………放っといた方が、いいんだろうが。
ドアノブに触れようか触れまいか、しばし躊躇っていると、
ガシャッ!!
再度、音が聞こえた。
その音に俺は、ドアノブを捻り。
前室を抜け、そして寝室へ入り、――――――言葉を失った。
「…………な、」
一度訪れた事のあるモヤシの部屋は、滅茶苦茶になっていた。
ガラスというガラスが叩き割られている。
その部屋の真ん中、立ち尽くしている奴はまるで手負いの獣のように見えた。
「…………」
俺が入り口で佇んでいると、モヤシがゆっくり振り向いた。
「…………何ですか?」
泣き出しそうな顔で、奴はそう言った。
だが俺の視線は、奴のそんな表情よりも、血で真っ赤に濡れた左手に集中する。
直ぐに駆け寄って、
ガッ!!
「お前っ、この大馬鹿野郎っ!!!」
思わず、奴を殴りつけた。
「何でよりによって素手でやんだよ馬鹿野郎! 脚使え脚!!」
「…………そこなんですか?」
頬を押さえたモヤシが、泣き笑いの顔で呟いた。
「…………痛っ」
「百パーセント自業自得だ馬鹿。我慢しろ」
俺の部屋まで連行し、洗面台で奴に手を洗わせる。
血を流してから、床に直接座り込んで傷を一つ一つ診た。
…………ガラスは破片が小さくても中に残ってると面倒な事になるからな。(経験者)
一応見た所、ねぇか…………。
それから消毒液を軽く掛けて、ガーゼを当てて包帯を巻く。
…………これ、絶対風呂で染みるな。自業自得だから同情の余地はねぇが。
「…………ったく、物に当たるなとは言わねぇけどな。やり方考えろっつーんだよ」
「…………意外ですね、神田だったら物は大切にしろとか言うと思ってたんですけど」
「人に当るよりはずっとマシだ」
奴をじっ、と見据える。
それに居心地悪そうに身じろぎしたモヤシが、――――――俺の胸に顔を埋めてきた。
「…………おい、」
「少しだけ、こうさせてて下さい」
「…………」
腕の中の細っこい身体がゆっくりと穏かなリズムを刻む。
初めての感覚に戸惑いながら、そのままにさせておいた。
「…………あの人、」
…………十分以上経った頃。
モヤシが唐突に呟いた。