「あーあ…………」

 下でジャスデビが神田にシメられている。
 そりゃあんな事企んだら当たり前っちゃ当たり前だ。
 ――――――クジも実は小細工済みでした、なんて知ったら神田はどうするんだろう?
 俺は小さく笑って、ホールを上から眺める。

「――――――ティキ」
「…………え?」

 そこに、声を掛けられて俺は振り向き、僅かに目を見張った。






「ティエドールさん」
「やぁ、こんばんわ。良い夜だね」

 …………フロワ・ティエドール。
 クロスの知人で、この学校で時折絵画を教えていた事もある、画家だ。今は何時もの格好ではなく、彼もまた正装している。
 そして何より、神田の母親は、このティエドールさんの養女であり――――――
 にこにこと笑う彼は、俺の隣に立って一緒に下を見下ろした。

「…………あの子は、元気そうだね」

 …………今神田はジャスデビをホールの真ん中で正座させ、腰に手を当てて何やら文句をつけているのか説教しているのか、だ。

「馴染めているのか心配だったけれど、心配無用かな?」
「ええ」

 はっきり言い返すと、少しだけ苦笑いを混ぜたような顔で、ティエドールさんは笑った。

「ほんの少しだけ、残念だ」
「…………」

 ああ、そう言えば、最初に此処に神田を連れて来た時、言ってたな。


『マリアン。言った通り、一ヵ月後もう一度私はここに来る。その時この子が此処に馴染めていなかったら、その時は私がこの子を引き取るよ』


 ティエドールさんには、養女一人の他に家族らしい家族はいなかったって聞いてるし――――――
 本当なら、感情としても、ティエドールの家としても、その養女の息子は引取って手元に置きたかっただろう。

「父のいない時にでも、是非顔を見に来てやってください。神田も、喜ぶと思います」
「…………そうだね、そうさせて貰おうかな。それにしても、随分素敵な格好だ」
「この学校の伝統ですから」

 鮮やかな、一人だけ色の異なる深紅のドレス。
 
「…………本当は娘にも、ああいうものを着せたかったんだが」
「…………」
「本人は嫌がっただろうがね」
「神田の、母親ですか。似てますね」
「いや…………どうかな?」

 うん?
 違うのか?
  
「娘はあんなに表情豊かじゃなかったね。ユー君は怒ったり、たまには笑ったりしてるみたいだけど。…………笑顔を見せてくれた事は、終ぞ無かったなぁ」

 …………。
 
 神田の母親が…………か…………。

「ところで。…………一つ聞きたいんだけどね」
「はい」
「あの子が将来をどうするつもりか、聞いた事はあるかい?」
「――――――いえ」
「そうか、君もか。いや、私もなんだけどね。…………妙な事を聞いたね」

 相変わらずにこにこ笑うティエドールさんが、

「もう踊らないのかい?」
「誘いがあれば行くんですけどね。見てるのも楽しいですよ」
「それもそうだね」

 ――――――我ながら妙な組み合わせだとは思うけど。

 俺達は、下のホールを並んで見下ろした。


    
 

  


「っ…………」


 ――――――ズキンッ

 
 右足の踵が、鈍く痛む。
 組んだ相手に悟られぬように平静を装いながらも俺は内心で顔を顰めた。
 慣れない格好に慣れない靴、慣れない運動。
 どうやら軸の右足が靴擦れでも起こしたらしい。

 どうせ後、この曲で俺が約束した相手は最後だ。耐えられる。

 そう思うが、それでもターンする度に痛みが増して行く様で、思わず歯を食い縛った。
 そしてその曲最後のステップを終え――――――立ち止まった俺は痛みに眉根を寄せる。

「素敵な時間を、ありがとうございました」

 そう言って、嬉しそうに腰を折る相手に無言で頷いて、俺はその場に立ち尽くす。
 そっと右足を踏み出すと、やっぱり感じる痛みが増していて溜息をつく。
 
 …………壁際にでも避難するか…………

 そう思って一歩踏み出した所で。


 ――――――ぐ、んっ


「あ?」

 突如体が浮き上がり俺は目を見張った。きっと大層な間抜け面だろうな。
 見上げる格好の俺は、その眼鏡面に瞬きした。

74へ
72へ

beautiful daysトップへ  



小説頁へ