「…………んー、進路、ねぇ」
「お前はどうやって決めたんだ?」

 難しい顔で腕を組むティキに、俺は訊いた。

「俺? 俺は結構のんびり決めたなぁ。高校出ても決まってなくてねぇ」
「…………」

 …………早速参考にならない予感がしてきた…………。

「俺もまだ大学二年だしね」
「…………ん?」

 ちょっと待て? こいつ…………

「…………お前何歳だ?」
「24」
「24って…………」

 普通に特に問題なく入学して卒業するだけなら、四年制なら22か23で出来る筈だから…………。

「…………何でだ?」
「高校出て二年間海外の別荘渡り歩いて、一年間クロスの国内外の商談とかについて歩いてた」
「…………」
「時間も金もあったしね。…………いざとなったらクロスの持ってる会社の社長にでもなればいいかって思ってたし、頭のどっかではミックの家の事も考えてたし…………やりたい事探しっての? やってたよ」

 …………ある意味、流石というべきか…………。

「てーか、頭の中になさそうだから言っとくけど神田。一応、ティエドールさんとこの事も視野にいれといた方がいいよ」
「…………あ?」

 何であの人の…………?

「ティエドールさんって、お前さんのお袋さん以外に家族いないんだよ。だから当然、あの人の家とか資産とか、あとあの人も会社持ってた筈だからそういうのとか、継げるのは神田だけだって」
「え…………」
「多分お前さんの負担にしたくないから言わないんだろうけどね。…………確か相続者本当に神田だけじゃない?」
「…………」

 んな事言われたって…………。

「ホントはこういうのはクロスから説明されるべきだと思うんだけど、あの親父話したがらないからなぁ」
「…………?」

 何でだ? 面倒だからか?

「でも、まぁそーゆーとこの事情はちょっとばかしウチに似てるよ」
「お前の?」
「そー。ミックの家どうするかって、ずっと話し合ってるんだよ」
「…………ミックの家、ってお前の母上の家だよな? ジャスデビの…………」
「違う違う」

 俺が言うと、ティキが軽く手を振った。

「ミックの家はお袋の実家。ジャスデビのファミリーネーム知らない? お袋の旦那の家がキャメロットで、もうそっちはジャスデビか、或いは妹のロードが継ぐってなってるけど」
「…………知らなかった」
「本当はお袋の兄貴が継ぐ予定だったんだけど結婚する前に事故で逝っちまってね。俺としちゃージャスデビかロードか、キャメロット継がない方が継いどきゃいいと思ったんだけどどうも祖父さん祖母さんが俺に継がせたいらしくてねー。まぁ俺に継がせりゃマリアンと縁続きになれる訳だから、分からないでもないんだけど」
「…………何だか面倒臭そうだな」

 家を継ぐとか継がないとか。
 そう言うのって金持ちしか言わないよな…………。

「お陰でさぁ、遠縁がやれ見合いだの何だのってうるさいのなんの。ああいうのって遠縁の方が近親より五月蝿いよなぁ」
「…………」

 何やら途方も無い話だ。
 というかこいつの母上もいいとこのお嬢さんって奴なのか。こいつの話しぶりじゃ奔放そうな印象だったが。
 俺がそのまま口に出すと、ティキが笑った。

「はは、ミックの家なんざマリアンに比べりゃ小さいもんだよ。クロスが継ぐ前のマリアンとなら同じくらいだろうけど。ブックマンの家より小さい位だし」
「…………ブックマン?」

 聞いた事の無い名前だ。 
 俺が不思議そうな顔をすると、ティキが、はっ、とした顔をした。

「…………?」

 俺が視線だけで問いかけると、頬をかきながら、

「これ、オフレコね?」

 そんな前置きをした。

「ブックマンの家って、ラビのお袋さんの実家ね。結構デカい、いいトコ」
「…………へぇ」

 あいつもなのか…………。

「ただまぁ、ラビは縁切ってるから…………」

 …………。 
 きっと、あいつも色々あったんだろうな…………。

「まぁそれはともかく。…………取り合えず進学して、のんびり考えるってのも俺は十分アリだと思うけど」

 …………唐突に話が元に戻された。
 余り突いていい話題ではないから、俺も大人しくそれに従う。

「取り合えずで進学するのなんて、いいのか?」
「いいでしょ。少なくともうちにはそれだけの金も余裕もあるんだし。長男の俺がこれだけ好き勝手してるんだからお前らにも許されてしかるべきだと思うけどね」
「…………」

 そういう、もんなのか。

「あんまりシリアスに考え込む必要はないって」
「楽天的だな」
「ラテン系だからね」

 軽く笑うティキが、声音を落ち着けて。

「だけど、まぁ。――――――あんま相談相手としては役に立って無いだろうけど、なんか心配事とか悩みとか、吐き出す為ならいつでもおいで。話聞く位ならいつでもできるからさ」

 そう言って、立ち上がって俺の横に立ち、俺の頭を撫でた。

「お前さんなんでもかんでも真剣に考えすぎるから、お兄さんちょっと心配。ジャスデビやラビ程じゃなくてもいいけど物事もーちょっと軽く考えてもいいよ。生きるか死ぬかじゃないんだから」

 
 トン、トン、トン…………

 
 一定のリズムで、ティキの手が俺の背中を軽く叩く。
 そのリズムと軽い刺激に、俺は眠気を誘われた。
 
「ん…………」 
 
 ――――――後から思えば、そのまま眠りに落ちてしまう程に、俺はその時疲れていたんだろう…………。






 

 
 …………疲れてるんだろうなぁ。

 俺は眠った神田を見下ろして、さてどうすべきかと考えた。
 部屋に連れ帰ってもいいし、このままこの部屋で寝かせてもいい。どっちみち起こすような真似は避けたい。
 
 母親が死んで一ヶ月。たった一人の肉親と死に別れて、かと思えばガラッと変わった生活環境、多分夢にも思ってなかった俺らみたいな同居人。多分外の常識とは全く合わない学校で、ついこないだまでの一大イベント。
 …………疲れない筈が無い。
 
「よっ、と」

 うわ、軽。
 俺は神田を抱え上げて目を見張った。
 身長から想像しうるよりも断然軽い。むしろ何食って生きてるんだって感じか?

 そのままベッドの上に横たえると、微かに神田が身じろいだ。
    
「ん…………」

 微かな呟き。 
 その紅い唇の動きに一瞬意識を奪われる。――――――今更ながらに、白い肌に湿り気を残す黒髪が映えて、

「何でお前さんそんなに綺麗かね」

 唇に誘われているような錯覚のままにそのまま唇を重ね合わせた。…………これ以上はまだお預けだ。
 …………こんなに綺麗な生き物、穢せない。 
 大事に抱え込んで、俺も目を閉じた。

 
『その『二人』が『三人』になる可能性はあんのか?』

 
 クロスの言葉が脳裏に甦る。
 そんなのとっくに、

 とっくの昔に、――――――三人どころか四人じゃねぇか、馬鹿親父。
 

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