「まぁ、見て! 蝶々がいるわ!」
「ええ、そうですね。綺麗な蝶ですね」

 ――――――女の声だ。
 声の主は、車椅子に乗った女と、看護婦が二人。

「――――――まぁ、」
 
 看護婦の片方がラビに気付いて、振り向いた。

「…………お久しぶりです」
「坊ちゃま…………」

 ラビは笑顔のまま、続けた。

「母の様子はどうですか?」
「…………お変わりないですわ」
  
 …………母。
 ラビは、確かにそう言った。 
 …………車椅子の女の髪は、ラビと同じ赤。
 ――――――と言う事は、あの人が、ラビの――――――

「あら?」

 ――――――何の拍子にか、その人が振り向いた。

 そして。


「貴方達、だぁれ?」


 俺と、――――――ラビを見て。
 その人は、そう言った。 
  

 縁者なのは確かだった。
 ラビと同じ色の髪。同じ翠の目。
 僅かに垂れ目気味の目元がそっくりだ。歳だって、多分、ラビの母親なら納得の行く位の歳だろう。
 だけど、その人は――――――「誰」と。そう言った。
 俺が戸惑って動けないでいると、ラビがにっこり微笑んでその人の下へ行った。

 車椅子の上のその人に視線を合わせる為に屈んで、

「こんにちは、お嬢さん」

 ――――――!?

 どういう、事だ?

「貴方はどなた?」
「…………お嬢さんのお父様の知り合いですよ」
「まぁ、お父様の?」
「…………お父様からお預かり物です」

 そう言いながらラビは、花束を渡した。

「まぁ、綺麗…………」

 うっとりと、その花を眺める。―――――――が、その顔は忽ち曇り、寂しげに俯いた。

「…………でも、お父様は来て下さらないのね…………」
「…………お父様はお忙しいお方ですから。だから代わりに俺が来たんです」
「…………ありがとう。…………あの方は?」
「!」

 その人の視線は、俺へ。

「俺の友人ですよ」
「まぁ、なら貴方もお父様のお友達なの?」
「…………あ、ああ」
「まぁ、そうなのね」
 
 無邪気に微笑むその人に、…………酷く、戸惑う。
 ――――――何と言えば、そう、まるで見た目の年齢と中身の年齢が合っていないような、そんな違和感がある。
 仕草も言葉も、子供のように幼い。

「…………風も冷たくなってまいりましたし、そろそろ…………」

 看護婦の一人が、そう声を掛けた。

「あら…………もうお仕舞い?」
「花は逃げませんわ。明日も、明後日もここにあり続けます」

 頷いたその人は、最後に俺とラビに笑顔を向けた。

「御機嫌よう、お父様のお友達の方。お父様に宜しくね」
「ええ、確かに。お嬢様もお大事に」

 …………看護婦の内一人が車椅子を押し、もう一人がラビに会釈した。
 そして三人が病棟の中に入っていくのを、俺達は見送った――――――。





「…………ラビ、」
「…………」

 …………見送るラビの背が、酷く頼りなく小さく見えて、

 思わず後ろから抱き締めた。

「…………大丈夫、か?」
「…………うん。大丈夫」

 ラビが俺の手に手を重ねて、振り向いた。
 …………だけど、手は冷え切っている。

「…………あの人が、俺のお袋」
「――――――、」

 やっぱり、そうだったのか。
 だけど、何で――――――

「座ろっか、ユウ。…………少し長くなるけど、いい?」
「…………」

 俺は小さく頷いた。
 俺達は二人、誰もいなくなった庭のベンチに腰掛ける。
 風が冷たい。
 一呼吸置いてから、ラビが切り出した。

「あの人、心の病気なんさ」
「心の…………」
「そう。…………俺の事、何も覚えてない」
「!」

 思わず、息が詰まった。
 ラビが、目を閉じて、ゆっくりと思い出すかのように――――――話し出した。

100へ
98へ

beautiful daysトップへ  



小説頁へ