「北からの電車、一時間近く遅れてるってよ」
「えー? ホント? どーしよ、迎え呼ぼうかなぁ…………」
「…………」

 ホワイトクリスマスとやらだが、迷惑だな。と俺は窓の外を見て一人心の中で呟いた。

 十二月二十四日。
 世間一般的にはクリスマスイブとやらだが俺には関係ない。ケーキも苦手だしな。どっちかって言うと大晦日の年越し蕎麦の方が俺としては嬉しい。
 それよりも時節柄センターの追い込みの方に必死だった。
 予備校の最寄の駅前には巨大なツリーが出現していてその辺りに恋人同士が出てきている。時間は九時過ぎ、雪まで降ってて電車が遅延しているこの中、寒いのにご苦労な事だ。
 そんな光景を、予備校の教室の窓から見下ろした。
 方向が違う奴や迎えを呼んだ奴が人二人と去っていく中、時計を確認する。
 確認した所俺が使う路線は運の悪い事に遅延の影響をモロに被って次の電車が来るまであと五十分…………しかもその電車は一度乗り換えなければならないし、其の上にそれが上手く接続できないから少なく見積もっても家に帰れるのは十一時半過ぎだ。場合によっては日付が変わるかもしれない。
 必要な分だけを抜き出してある時刻表を確認して、思わず溜息が漏れてしまう。途端に駅前にたむろする恋人達が疎ましくなったがこれはただの八つ当たりだ。
 遅くなるからと、連絡しようと携帯電話を手にして家に掛けた。

『はい』
「あ、俺です。帰り、遅くなりそうなので先に休んでください」
『あら、こんな日なのに…………何時頃になりそうなの?』
「それが…………此処から出る電車が五十分後です。家に着けるのは十一時過ぎだと思います」
『あらまぁ…………困ったわねぇ…………』

 だがどうしようもない。

『あ、でもちょっと待っててね。…………ちょっと折り返し電話するわね』
「…………? はい」

 通話が切れ、俺は携帯電話をポケットに仕舞いこむ。
 俺が最後の一人らしく、先程から予備校の先生が鍵束を持って俺をチラチラ見ていた。
 閉めたいらしい。
 焦って参考書や筆記用具を鞄に放り込んでコートを羽織る。

「ありがとうございました」

 擦れ違い様に頭を下げて、消燈されて暗い廊下から玄関へ、そして外へ出た。
 …………予想内だが、寒い。
 傘持ってくりゃ良かったな、何て今更過ぎる事を思いながら、いつもよりも混んでいる道を駅に向かって足早に進んだ。




 電話が掛かって来たのは駅の中に入る直前だ。

「もしもし、」
『あ、ユウ。着いたかしら?』
「…………?」

 何が?

 沈黙に気付いたのか伯母さんは続けた。

『お迎え呼んだから、連れてきて貰ってね〜』、
「はぁ…………」

 迎え? 迎えって…………、ああ、伯父さんか?
 余り運転しない人だが車もある事にはある。

『じゃあね、気をつけてね』
「あ、」

 …………切れた。

 まぁいいけどな。

 小さな車を目で探しながら、辺りをうろついた。
 日が日の為か、タクシーも迎えだか送りだか分からない車も相当出ている。
 これは面倒だぞ、と思いながら辺りを見回して…………そして気付いた。

 …………ん?

 駅のタクシーの客待ちの列辺りに、駐禁なんざ知ったこっちゃないという顔で一台デカい車が止まっていた。
 それは、見た事のある…………

 っておい!!!
 何であれがっ…………
 
 驚いてじっと見ると、ドアが開いて大柄な男が一人出てきた。俺に向かって、指で「来い」と指し示す。
 そんな事をされるまでもなく、俺は走り出した。
 
「何であんたがいるんだよっ!!」
「わざわざ迎えに来てやったんだ有り難く思えよ」

 頼んでねぇよ!!

 …………いや俺は頼んでない。
 まさか、伯母さんがこいつに…………うん、まさかじゃねぇ。絶対そうだ。

「此処、駐車禁止だろ…………」
「とっとと来い」

 クロスは俺の手を引いて、俺は助手席に放り込まれた。
 抗議する間もなく奴も運転席に滑るように乗り込んできて、車が動き出す。
 身体の下でエンジンが心臓の音をもっと激しくしたみたいな音で動いてるのが分かった。

「…………何しに来たんだよ」
「お前に会いに来たと言ったら?」
「笑うところか?」
「喜ぶ所だろう其処は」

 そんなもんか。

「…………冗談は置いておいて、こんな日にお前みたいなのが一人でうろついてたら妙なのに絡まれる」
「…………妙なのって?」
「知りたいか?」
「分かった。あんたみたいな奴の事だろう」

 俺が嫌味でそう返すと、奴は鼻で笑った。

「まぁ…………当らずとも遠からず、か」
「…………」

 否定しろよ。出来ないのか?

 車は駅前を抜けて、それから俺の知らない道を走り出した。いつもは電車で通ってるから知る訳もないんだが。
 窓の外の飛ぶように流れていく光は、色こそ違えど夏の蛍の光を思い出す。
 …………それらを見ながら、窓に頭を預けた。
 眠ったらまずい、そう頭では分かっているのに身体は非常に正直に目の前の眠りに手を伸ばす。

 …………その次に俺が目覚めたのは、景色が見覚えある場所になってからだった。

「…………ん?」
「お目覚めか、眠り姫」
「…………此処は…………ああ」

 学校に行く時に電車乗り換える辺りだ。
 
「まだ暫く掛かるぞ」
「…………ん、」

 途端にまた眠りが襲ってくる。
 シートに身体を預けて、目の前の変わっていく景色をぼんやり眺めた。

「…………このままホテルに直行しない俺の忍耐力に感謝しろ」
「はぁ…………?」

 何言ってんだろこいつ…………、

 頭がぼーっとする。
 ともかく眠い。

 目の前の信号が赤になる。
 車が止まって、その信号以外の色が目に入ってきたときも、俺は何もしなかった。
 唇に何かが触れた時だって、抵抗しなかった。



 ただ、後の家に着くまでの道は、隣の奴に熱く火照った顔を見られたくなくてずっと横を向いていた。



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