らしくもなく、緊張していた。
 周囲からもその気配が漂っている。
 ある者は正面を凝視し、ある者はこれが最後の悪あがきとばかりに参考書を睨みつけている。
 息が詰まる程の緊張に、俺は先程仕舞ったばかりの携帯を開いた。
 さっき見たままにしてあるから、相変わらず画面は受信メール一通を映し出している。
 そこにある、軽口とも激励とも取れる奴からメールを見て、携帯を胸に一度押し付けてからまた仕舞った。








  
「…………」

 終わった…………。
 全部終わった…………。

 会場から出てきても暫く現実感が沸かずにぼんやりと入り口付近で突っ立っていた。
 周囲の奴らはそれぞれ歓声を上げたり、ヤケクソ気味に騒いだり、電話片手に親か教師か友人か、誰かに報告したりしている。
 俺も其れに倣って、携帯でメール作成画面を立ち上げる。

「…………」

 相手まで入力したはいいが、それ以上が何故か全く思い浮かばない。
 生徒は俺だけじゃない。
 今頃あいつだって忙しい筈だ。 
 そこまで考えて、慌てて送信先を消した。その前に最初に連絡する人がいるだろ!!
 伯母さんに試験が終わったことをメールで入れ、再度会場でもある、俺の第一志望の大学を振り向いた。
 手ごたえは、あった。家に帰ったら答え合わせだ。

「…………」

 そうだ、もしかしたら…………学校なら、あいついるかも…………
 どうせ家に帰るには学校を通り越して行く訳だし、忙しそうだったら帰ればいいんだろうしな。

 俺はそう決めると、駅に向かって駆け出した。





 下級生は普通に授業日だ。
 だが季節の所為か周囲は既に暗く、人の気配はしないことも無いが小さい。部活動もこの季節は早く終わる。
 靴を履き替え、校舎に入る。…………案の定、三年の教室がある階は全く電気がついていなかった。今日の試験を受けない奴は私立狙いか就職組の筈だからもう帰っていたとしても何一つ不思議でもなんでもない。
 適当に手で壁を触ってスイッチを入れた。

 パァッ、と廊下の向こう側の突き当りまでの電灯が一斉に点いた。
 そしてその一番奥にある自分の教室に向かう。
 誰もいない教室の中、窓際の自分の席に座った。
 頭のどこかが麻痺してるみたいだ。ボーっとする。
 そして俺は本能が命ずるがままに、机に突っ伏した。





「…………はい。ええ、それでは、」
「…………?」

 人の声…………。

 ぼんやりする頭のまま、顔を上げた。暫く焦点が合わない。
 目の前にある大きなものを見上げていると、それは手にしていた携帯を二つ折りにしてポケットに仕舞いこむと俺に気付いて声を掛けてきた。

「ん? 起きたのか」
「…………くろす、」
「ったく…………お前な。自分の携帯見てみろ」
「?」

 言葉の意味が分からずに、大人しく言われたとおりに携帯を開く。
 と、そこに画面いっぱい埋め尽くすように並んだ着信履歴に言葉が詰まった。
 一気に目が醒める。

「あっ…………」

 家と、学校と、伯母さんの携帯と、クロスの携帯と、コムイの携帯。全部から交互に掛かってきていた。しかも数分置き。
 ついでに未読メールは30件を超えているし、留守番電話にも10件以上の録音が合った。

「いっ、ま、」

 慌ててクロス越しに時計を見る。――――――九時過ぎ!? そんな馬鹿な!!

「試験終了後に一度連絡したきり帰っても来ないわ電話もでねぇわでお前の家もこっちも大騒ぎだ。ったく…………」
「っ、連絡、」
「今俺がした。送ってやる、行くぞ」
「、」

 あ、

 今、

「!」

 ぐらり、と体が揺れた。天井が目に入る。
 倒れる、そう思って目を閉じるとすぐさま体を支える手があった。

「おい、」
「…………、」
「熱っぽいな…………具合が悪かったのか」
「え、」

 納得したような顔をしたクロスに、否定すべきかどうか悩んだ。
 多分今、具合が悪くなった俺が家よりも近い学校で休んでたんだろうと思ってるだろう。
 …………違う。
 俺は具合が悪かったんじゃなくて――――――

「知恵熱か?」
「なっ!」

 だがそんな事もこの一言で見事に霧散した!

「ガキじゃねぇ!」
「はいはい。立てるか? 無理なら抱えてやるぞ」
「立てる!」

 馬鹿にすんな!
 …………つっても、たった今こいつの腕に支えられてたけどな…………。

「ああ、それから。職員室寄ってくぞ。コムイとティキが散々心配して喚いてたからな」

 コムイ…………。
 ティキ先生…………。

「辛くなったら倒れる前に一声上げろ」
「…………大丈夫だ」

 そんなに何度も倒れねぇ。
 俺がそういうとクロスは眉根を跳ね上げ、教室の入り口へ向かった。
 その後を荷物を抱えて俺も追い、丁度入り口のところ。クロスが不意に立ち止まった。

「?」

 何で廊下に出ないんだ?

 不思議に思って仰ぐと、こっちを振り向いてきたクロスと視線が合った。
 珍いく真面目な顔に、ああこいつ基本的には整った顔してるんだよな…………と凡そ見当違いな事を考えていると、不意に背中と腰に手が回された。

「?、?」

 な、何だ?
 抱き寄せられて、突然の事に少し心臓の音が乱れる。大きな胸には、けして小さくない筈の俺がすっぽりと嵌った。

「――――――心配させるな」
「…………、」

 低い声。
 別段咎められてはいないが、それが却って心の奥底に染みる。

「…………ごめんなさい」

 大人しく、心の其処から詫びた。
 心配はたくさん掛けただろう。あの携帯の画面を見れば直ぐに分かる。

「いい子だ」

 ちゅ、と小さな水音と、額にじんわり広がる熱。
 それが惜しくて、こっちからもクロスの背に手を回した
 ばさり、と荷物が手から落ちる。



 ――――――その暖かに体を委ねてどれ位経ったか。



 そんな俺達は、俺がいない事とクロスが戻らない事に痺れを切らして探しに来たコムイとティキ先生に見つかり、そしてクロスは散々文句を言われていたのだった。



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